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飲まなくても楽しいっ!・・・「ワカコ酒①」(~続刊)

ワカコ酒 1 (ゼノンコミックス)ワカコ酒 1 (ゼノンコミックス)
(2013/05/20)
新久 千映

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「堪能した! 堪能してやった!」(14夜 刺身盛り合わせ)

あんまりこれっていうマンガがなくて、えんえんと本屋をうろうろしてたときに見つけたプチゆる本。
以来、かれこれ半年、入れ替わりの激しいうちの本棚の、不動のエースの仲間入りです。

主人公、村崎ワカコ26歳。
鮭の身ではなく皮で日本酒、春らしいソラマメに、「何にでも合う」麦焼酎の水割り、たまにはメニューにない、ジャンクなかき揚げなんかを頼んでみたりして、「だからビールに合うのだ これが !!」

ただナレーションいわく、「酒飲みの舌を持って生まれたがために」、食物と酒の組み合わせはしっかり吟味、かつ自分流!で、けっか「今宵も居場所を求めてさすらう女一人酒・・・」

で、変なところで単細胞バカの小津は、「ワカコ先輩、ぶち格好いいすっ!!」となってしまい、以来はまりつづけてるわけなのですよね・・・・・・。

気に入りポイントとして、「孤独のグルメ」なんかにも通じるのかもしれない、“わくわく”と“自分のスタイル”をきっちりもったひとが、食べ物やらお酒やらにこころ安らぐ瞬間が、そりゃもうウマい味加減で書かれてるわけです。
きわめつけは、これ。

「ぷしゅ―――」

擬音語だけおいてもなんぞ??だと思いますが、井之頭五郎でいうところの「(うまかった・・・)」、おいしいもの食べてしまったひとの、思わずもれるあれこれ。それのワカコ姐さん(姐さん・・・??)版。

ニンニクを感ずる焼き餃子で「ぷっしゅ――」、ハイボール呑んで「ぷしゅ――」、朴葉みそ焼き堪能後の「ぷしゅ――ん」、さざえの不気味なしっぽの海味と冷酒のあとに、太るとわかってて定期的に食べずにいられないあいつを食してビールで「ぷっしゅしゅ――」、「おぷしゅ――」、ピーナツ、アーモンド、カシューナッツ、くるみ、ピスタチオ。ちがうナッツを交互にパリポリ、そんで、んぐっとあおった発泡酒に、思わずほころぶ「ぷしゅ――(3)」、ときにおいどん男子が考案した、女子力大の新メニューに驚愕(?)したりしちゃったりなんかして、けっきょくのところその妙技(??)に「ぷしゅ――ぅ」

・・・・・・「こたえられん」っ!!

「お酒の世界はこれからも広がっていくんだな」

たのしいじゃないですか。
一人酒?・・・・・・こわくてできませんけどさ・・・(石をける)
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平松洋子 『忙しい日でも、お腹は空く。』

忙しい日でも、おなかは空く。 (文春文庫)忙しい日でも、おなかは空く。 (文春文庫)
(2012/02/10)
平松 洋子

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「やっぱり食べてよかったな。つくっておいてよかったな」
きっとそう思うはず。
時間も元気もなくなりそうなときは、先回りして手を打っておこう。
 (「けんちん汁 日本のミネストローネ」より)

忙しい日に「わずかな手間だけれども」の、塩トマト。「先手を打つ」冷やしなす。「きゅっと酸っぱい」レモンごはんから、「味覚を清める」ささみだしの卵スープえんどもあ。
はたまた、今日はうちにいたい、そんな日には「季節の音を聴く」氷、「秋の夜長にひとり」片口、「気軽なうつわ」のガラスのコップに、薬味がどっさり、なんてのもあり。

それでは自分の味をつくろうと、「調味料はひとつだけ」の鶏のから揚げ、「切りかた」を変えたたくあん、「年中惜しげなく」使う漆のうつわ、「安心を手に入れる」麻のキッチンタオル、等々。

それでなにかを変えたいとき、「ちぎらずにはいられない!」ちぎりかまぼこ、「一度でやみつき」必至の豆腐のオリーブオイルがけ、「本日はうつわです」、使わなくなった弁当箱・・・。

忙しくても、ときどき忘れてしまっても、それでもいつのまにかお腹が空く。
そんなとき、身に沁み込んだいとしい一皿と、お気に入りの道具があること。
そのささやかなよろこびを綴ったエッセイ集。

丹精込めてつくられましたというような、本なのに読後感は「いただきました」という感じ。
平松さんのしっかりとした文章を読むと、しっかり本読んだなという気になります。
「天国はまだ遠く」で、主人公が絞めたての鶏肉を口にして「こういうしっかりしたものを食べてると自分が生きているっていうことを良くも悪くも実感する」みたいなことを思ってたのを思い出しました。近いかも。

表紙からしてもうストライク。食べ物好きにはたまりません、というところ。
「梅干し番茶」「雑穀おにぎり」「春菊とプロシュートのサラダ」、「ジャム添えビスケット」「柚子茶」「お粥」、「ナッツとにんじんのサラダ」「白菜キムチ」、「きゅうりのライタ」、まだまだ続く、食べ物レシピづくし。贅沢だし、それでいて単なるレシピ集にならない、なんとも「こっくりとした」味わいの文章。


お粥のおいしさは、食べたあとによくわかる。からだのまんなかに、ぽっと静かな灯りが灯ったようなおだやかさ。なのに、たっぷりとした満足感がある。それは、心沸き立つにぎやかなおいしさではない。しだいにゆるやかに満ちていく充足のよろこびだ。 (「お粥 じつはとても贅沢」より) 

味を伝えるというのともちがう、それを食べたり、使ってものをいただくことそのものを伝えるような、丹精、繊細で、ゆるやかなのに芯のとおった文章ならび。

迫ってくる味ではないのだ。丹念に自分で探し当てるあえかな味。 (「(「そば湯 とろり、優しいポタージュ」より)

まさにそんな感じ。
自分の身の回りにあって、今の自分をかたちづくるもの、それをたすけてくれるもの。

好きな音楽。読みたかった本。書きたかった便り。グラスをつたい降りる蒸気のひとすじを眺めながら、自分ひとりの充足がたっぷりとここにある。 (「ヴァン・ショー 深夜におとなのぬくもり」より)

立ち止まりにくい毎日の中、少しよゆうができたときに立ち止めるように、ひとりの充足のもとを、ひとつだけでも見失わないように。
そんな心持を、料理と道具、そして日々の心持をつづって伝えてくれる平松さんの文章は、やっぱりどうして、いいようもなく、すごいと思う。

平松洋子 『忙しい日でも、お腹は空く。』 文春文庫 
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津村記久子 『君は永遠にそいつらより若い』

君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)君は永遠にそいつらより若い (ちくま文庫)
(2009/05/11)
津村 記久子

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「問題がないのは悪いことじゃないけど、寂しいことなのかもしれない。わたしにはそれが普通だけど。このまま問題を抱え込んでも、わたしを助けてくれる人はいないと思う」

「わたしは二十二歳のいまだ処女だ。しかし処女という言葉にはもはや罵倒としての機能しかないような気もするので、よろしければ童貞の女ということにしておいてほしい」
地元の公務員として就職も決まり、単位もとった。残りの大学生活を持て余すホリガイ。
バイトと学校と下宿と、友人や、友人とも知れない者や後輩の間をうろつくホリガイは、ぐだぐだながらもそれなりに楽しめる生活を送ってはいる。
しかしふとした拍子に、その日常の裏に潜む「暴力」を「哀しみ」が顔をのぞかせる・・・。
なにかを言えるようで言えない、吐きたくもない言葉を吐いてとまらなくて、酒だの大根サラダなどを話し相手にひっかけられる。腹いせに、そいつの彼女で自慰しようとして、げんなりして止める、などと無為の繰り返し。
そんなホリガイが、日常の隙間から顔を見せた「暴力」と「哀しみ」に遭遇したとき・・・。

読み始めて、あまりにぐだぐだ、だらだらした口調で続く語りがどこに行くかわからず、「なんだなんだ?」と思っていたら、ずんずんと殴られるように引き込まれ、最後は嘆息しつつ読了。

22歳「女の童貞」ホリガイのまわりにあふれるもの。
日常に潜む暴力。虐待、誘拐、自殺、リストカット、自殺未遂、傷跡、レイプ・・・。
「人生でいちばん負けたーって思った」のは「小学三年の一学期の終業式の朝に、男子に二人がかりで殴られたこと」というホリガイ。
たまたまテレビで見た行方不明の男の子のこと(実在の、未解決事件)を知ってから、「あまりにもつたなく、衝動的に」、「妄想じみて」いたけれど児童福祉の仕事を目指した。

ふと顔を出す「暴力」の味の一端を知るホリガイは、どんなかたちであれ、それらに出遭ってしまった者を、というよりそういった者がいることを、どうしても無視できない。
そうして、まるで太陽を直視し続けるように見てしまうのに、二重三重と気をまわして吐いた言葉はなにひとつといっていいほど身を結ばず、へらへらと薄っぺらな「白痴」のような言葉になりさがる。
「笑うようなことではないのに、笑わずには言葉を続けることができない」ようなことであっても、けっきょくは自分も「顔を歪めて笑うしかない」し、わからないことを親身に聞いてるふりして、けっきょくわからないことも、多々ある。そうして必ず、手痛いしっぺ返しをくらって思う。

わたしはやっぱり適当なことを言ってしまっていた。くよくよするよりそのほうが生きやすいじゃないか、いろいろな経験ができるからいいじゃないか、長所なんだから活かさないと、などと紋切り型の言葉を並べても、少しも響かないであろうことはわかった。魂と肉体の組み合わせは無数にあり、その相性が良くないことに悩むことのなにを責められるというんだろう。両者の間の軋みを感じることができるのは、当事者だけなのだ。

手を伸ばすのか、伸ばさないのか。伸ばしたのに、何もしないでとりあえず顔をゆがめるのか。
そんな言葉や態度を併せ持つホリガイに寛容でいられるような者は世間にはたくさんいるのだろうけど、ホリガイのまわりにはいない。

おまえがそんなふうにのんべんだらりと自足してられるのは、おまえが他者を知らないからだ。
この白痴め。緩々の人生をもてあまして人助けを思いついたか。おまえでは無理だよ。


とか、

たしかにかわいそうな話ではあるけど、あんたがおかしくなるようなことはないだろう

といった、憎々しい言葉や、他意のない呆れ顔が、そんなホリガイの前に幾度となく現れる。
それでも、ホリガイはそれまでのホリガイでいることをやめない。
だれかが遭遇する暴力の、その場所にいることができなくても。自分のささやかな幸せじみたもの、バイト先の主任の「ありえないほどデカいケツ」が、手に入れたかったのに遠くにいってしまっても、泥まみれになって自分でも意味も分からず探しているものが、探し当てたとて、だれかが傷ついた過去には何の太刀打ちもできないと知っていても。

「あんたはいい子だから大丈夫。わたしみたいに計算高さが高じて手も足も出なくなったのとは違う」

彼にしかわからない悩みに苦しむ後輩に、ホリガイがかけた言葉。
それはちがうだろと、後輩と同じ言葉を返したかった。
そもそもホリガイ、計算しようともしない、「あんたがおかしくなるようなことでないだろう」とか、無責任に大丈夫なんて何百回でも言える心持は、日常の暴力に立ち向かうことを、哀しみを看ることを止めた口からはあっさりと出てくるものだからね、と。

ひとはひとを知ることはできないし、もしかしたら本当にすべて助けてくれるひとも自分もその瞬間も、いないもので、ないものなのかもしれない。
ただでさえ「他者」。まして、理不尽としても言い尽くせない、「暴力」や「哀しみ」の前にあっては。
けれどホリガイは、そこから完全撤退することなく、だれに頼まれたわけでもない傷にまみれて、そんな自分をときに自傷のように自嘲し、ときに他者に蔑まれ、憎まれながらも、ずっと抗っている。
結果のない抵抗と、わかりきっていても。

わたしは、イノギさんが十年ほど前にここでなくした自転車の鍵を探していた。イノギさんがわたしに探してくれとたのんだわけではなかった。探し当てたからといってどうなるというものでもなかった。今それを見つけるのを望んでいるのは、世界でわたし一人であると言ってもいいかもしれない。でもわたしにはそうすることが必要だった。彼女の前に立つためには。

冒頭のワンシーンより引用。

わかることも助けることも助かることもないけれど、そう思ってしまったからには、せめて前に立つことをあきらめない。
ホリガイがあるひとに心の中で語りかけたこの本のタイトルを、その意味を、そうとしかできない絶望とほんのわずかな救い、その両方を端折ることなく直視できないと、今よりずっとこの目はくもって、このまま目玉の屍になってしまう気がした。

津村記久子 『君は永遠にそいつらより若い』 ちくま文庫
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鴻巣友季子 『孕むことば』

孕むことば (中公文庫)孕むことば (中公文庫)
(2012/05/23)
鴻巣 友季子

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「前に出されたエッセイ集で、『嵐が丘』の新訳を引き受けることで、自分の子どもを持つのはあきらめようとお思った、というくだりが出てきますよね。もうそこからして、文学と子どもはクロスしていたじゃないですか(中略)」
「そう言われてみると、妊娠子育ての世界にはおかしなことばや言い回しがたくさんあるんですよ、知ってます?」
・・・・・・などと話しているうちに、ふっと、本当にふっと湧いてくるというのはああいう感じをいうのだろうと思うが、わたしの口から、
「タイトルは『孕むことば』というのはどうですか」ということばが零れでた。
 (『孕むことば』より)

37歳。夢見ていた『嵐が丘』という大仕事を引き受けたが、それは同時に「子どもをあきらめる覚悟」をしなければ、ということでもあった。
ところが、子どもをあきらめる覚悟をした後「ひょっこり」した著者は、一人娘を授かる。
妊娠・出産・育児の現場で出会う、これまでに口にしたことも聞いたこともないことばたち。
そして、まだ言葉を獲得していない幼い娘の口から零れる、いとしく不思議なことばたち。
翻訳を生業とする著者が、それらのことばをひとつひとつ丁寧に掬い、数々の文学や論考と絡め、深い考察へと紡ぐ。

ことばというものを見渡して考えてみると、こんなに深くておもしろいのかー・・・そんな世界を見せてくれた著者に敬服です。
幼い娘が発する、できたてのことば、ことばにならないことばの裏側や大人には見えないお友達「かぶさん」のこと、「ヒンカイ」「カンボ」など、通常使われない、けれどその現場では何よりもその現状を言い得ていることば、などをとおしてみる、知り得なかった世界の別面。

特に、カメルーンのフルべ族の語彙にある「暗い夜の寂しさをまぎらす」という意味(!)の特別な言葉「イェーーウトゥゴ」をとおして、娘が寝る前にベッドの中で何曲も歌う不思議をとく、「闇をまぎらす -イェーーウトゥゴ-」、自分が生まれていないとき、まだお腹にもいなかったときと聞いて泣き出す娘の思いに気づく「ふたつの孤独」等、まさにつぶぞろい。

他にも、有名な子ども向けアニメの主題歌の内容を、自分の好きなもの、夢を持つことを美徳とする風潮から考察する「かぶさんが来る」、ホームビデオが映し出す、撮影者不在の光景について思いを巡らす「家族マイナス1の光景」、男性保育士がいることについて男女それぞれの親が感じる思いの複雑さをめぐる「女の視線、男の目線」等々。
考察のテーマは幅広く、そのどれもが上質で、そして鋭く、けれど何かそれまで知らない、見えなかったものをみせてもらえたようで、それがとても心地よい。
もともと考えることは好きなのですが、それにしてもこの視点、もっと追いかけていきたいっ!と直感的に思いました。

極めつけに、母と娘の関係をフロイトのエディプスの視点とまたちがった、妊娠のメカニズム、免疫学の観点からも考察した「母と子は敵同士」から、特に惹きつけられた箇所を、少し長くなりますが、引用。

「赤ちゃんは自分の命より大事と言うけれど、自分のなかに生まれた未知の生命は、半分は自分の遺伝子、しかし半分は父親(他人)の遺伝子からできているから、母胎は初めこれを「異物」として感じ、拒絶反応を起こすのだという。(中略)
子どもはいつか「親殺し」という精神的なイニシエーションを通過する。しかし母親が子どもに「殺される」のは、フロイト的な観念の「父親殺し」とはまた違った意味でなのだと思う。もっと生身といったらいいか。
子どもにとって、自分の命を一時期あずかっていた母親の存在の優位は、決定的であり圧倒的だ。あまりに圧倒的であるので、どういう形にしろ乗り越えてしまわなければ、生物として存在が危ういままになってしまうかもしれない。
言い換えれば、たがいの生存をかけた戦いの末に、母親の多くは子どもをほとんど無条件に愛するようになるが、子どものほうは当初「殺されかけた仕返し」に、母親を人生のどこかで殺して成長していくことになる。そうでなければ、生物の関係としてきっと健全でないのだ。
 (「母と子は敵同士」より)

無条件に~、のくだりは別として。
こっから仕事丸出しですが、精神分析家のメラニー・クラインが、乳児には乳房を引き裂き、毒を盛りたいという、いわゆる「死の本能」から生じる攻撃性が備わっているとしたことを思い起こさせる話で、精神分析の中でも特にクライン派の精神分析が好きな小津は、もう興奮状態で、先輩にメールしてしまったほどでした(夜中の議論に付き合う先輩も先輩ですが)。
理屈っぽいっていえばそうですが、でもあながち的外れでもない気がします。
「他人」であり「親子」であることを考えてみるとどうしても。

全般的に、エッセイ集と呼ぶにはややお勉強する部分が多いかもです。
それにしたって、ここまで引き込まれて、ところどころ娘さんのことばにクスッと笑って、さらにまたその深みにはまったりもできるこの体験、
なんにしたって最上級。素敵すぎてなんか感動しました。

最後に、タイトルにまつわる部分を少し。

英語で「妊娠した状態」をpregnantという。「プレグナントなことば」というと、いろいろな意味合いを孕んだことば、という意味になる。Conseptionと言ったら「着想」であり、「受胎」だ。言葉と懐胎は近しい関係にあるらしい。女も孕む。ことばも孕む。 (「『嵐が丘』と結婚」より)

人を選びそうな文章ですが、思い起こせば、この文章を書くひとの訳だったからこそ、読めなかった『嵐が丘』を、初めて読みきることができたんじゃないかなんて、
せんないことを、大学時代を思い返しながらふと思ったりしたのでした。

それにしても。
いま8才という娘さん、いったいどんな女性になるのでしょうか。

鴻巣友季子 『孕むことば』 中公文庫
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華恵 『本を読むわたし My Book Report』

本を読むわたし: My Book Report (ちくま文庫)本を読むわたし: My Book Report (ちくま文庫)
(2011/09/07)
華恵

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時間が経てば経つほど、好きになる本。これからも、大切な本。

4歳のあの日から、アメリカで会った絵本たち。日本に来て、この14歳までに出会った本たち。
hanae*改め、「いつも本があった」華恵の、大切な本たちへの想い、お届けします。

活きがいいというか、瑞々しいというか。
15歳とは思えないような表現力、文章力でいて、15歳しか書けない一文一瞬を届けてくれる1冊。
それこそ、会話してるみたいに読める。もっと聞かせてと、素直に思える本。

「I like Me!」「Deputy Dan and the Bank Robbers」「Goodnight Moon」・・・等々の、アメリカの古い絵本から、「てぶくろを買いに」「はせがわくんきらいや」といった日本の絵本、そして「小さき者へ」「ココナッツ」といった小説まで・・・。

離婚したウォルター(お父さん)、大好きなモトイ(兄)、ちがう場所にいるけれど大好きな、グランマ(グランドマザー)、グランパ、不意に近くなれた女の子のともだち、いつのまにか遠くなっている男の子のともだち。

読んだ本1冊1冊に、どれも忘れられない、人との思い出が詰まっている。それはまるで、明るい色から暗い色までも内包した、自分だけの秘密の小箱。
4年生のとき、1年生に絵本の読み聞かせをした場面を少し引用。
華恵さんが選んだ本は、「はせがわくんきらいや」で、読みながら思い返していたのは、クラスのだれとも仲が良くなく、避けられていて、けれどある日、偶然普段とちがうところを見てしまった「さっちゃん」のこと。

今、目の前にいる一年生に、あの時のさっちゃんや友達やわたし自身が重なる。
そうだ。わたしがこのくらいの時、この本に出会ったんだ。
さっちゃんのマネをして、ひとりで自転車に乗って図書館に行った時、わたしはこの本に出会った。

一年生は、わたしのヘタクソな関西弁と、本の絵の迫力とに、ゲラゲラ笑っている。
ところが、三ページをめくったとたん、一番前の女の子の表情がサッと変わった。
めちゃくちゃな絵に矢印で「はせがわくん」と書いてある。
短いクレヨンで書いたようなへたくそな字がぎっしり並んでいる。最初のことばは、
「ぼくは、はせがわくんが、きらいです」
目の前の女の子は、本を食い入るようにじっと見ている。
気づいたら、シーンと静まりかえり、みんなの視線はわたしが持っている本に集中している。
次のページをめくろうとしたとき、わたしは初めて自分の手に汗をかいていたことに気がついた。
 (『はせがわくんきらいや』より)

『言霊』という言葉を初めてしったのはいつだったか。
直接言霊という言葉は使われていないものの、4年生にして、華恵さんは言葉の力を体感し、伝えるまでにそれを自分に息づかせていたんだと、思えて好きな場面。

とはいえ、本をベースに語られる、思い起こされることたちは、ときにほろ苦くて、ときにまだ呑み込めない苦味をにじませる。
たとえば、アメリカで大好きになった『I like Me!』の主人公、ピギーちゃん。
ピギーちゃんを通してみていた、自分自身を見る目。けれど大好きだった「元気で自信たっぷりのわたし」は日本に来て、「うるさくて生意気なわたし」に変わってしまい、「自信」はバラバラと崩れた。

みんなと一緒。みんなと同じ。周りから浮いてるのは、不安だ。
「わたし、わたし」と自分のことばかり言っているのは、聞いていてもウザい。そう思うようになった。
それでもやっぱり、こうして、あの頃の自分が懐かしくなったり、うらやましくなったりするのは、自信のない自分があまり好きじゃないからかもしれない。
失くしたものに対する愛着なのだろう。わたしを元気づけてくれるのは、あの頃のわたしだから。

気持ちが落ち込んだら、ピギーちゃんを思い出す。しばらくは、本を机の前に立てておこう。
 (『I like Me!』より)

本が好きで、本の世界はしばしば、自分とともにいてくれて、どこにいても、それがきっちり日常に根付いて息づいてるひとの想いは、それ自体がひとつの物語のよう。
こうしてだれかの本を読んだだれかが、その本や言葉にそのひとだけの、清濁併せた想いを宿し、それをまた他のひとに伝えていく。華恵さんが15歳にして見せてくれたのは、そんな夢のある魔法。

雨の日にトートバッグに入れていたせいで表紙がしけって曲がってしまったけれど、いっとう好きな本として、
この本は小津の机の上に置いてあります。
隣には、これまたお気に入りの、殺人熊のグルーミー(ピンク・ブラック両方)のぬいぐるみという、変なラインナップ?ですが。

華恵 『本を読むわたし My Book Report』 ちくま文庫
プロフィール

小津りゆ

Author:小津りゆ
3年ぶりぐらいですが、ログイン。夢だった資格をとってそれなりの仕事始まったはいいものの、現実にどっしん追突し、車体ボロボロ、エンジンぷすんぷすん状態です(なにそれ)。仕事の本ばっかりで、めっきり小説を読む時間が減。もしかしたら引っ越しして続編するかもです。

※since 2008.2.17

※オリジナル物語サイト、始めました。『ことあら』(リンク欄からどうぞ)

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