気まぐれだとしても、単に振り回されているだけだとしても、他人から必要とされたり求められることに、どうして私の心はこんなにも弱いのだろう。 (「クロコダイルの午睡」より)
唐突だけれど、もし自分に自分で認められる何かの能力があるとすれば、どうにも必要なときに必要だったと思えるような物語を探し出せることなのではないかとか、そんな浸りきった(と言われても否定できない)気持ちで本を閉じた。『
一千一秒の日々』も大好きだけれど、つまり今の自分にとって、これはそれほどの本。
3編収録。
大きな熊が来る前に、おやすみ。・・・
「早く寝ないと、大きな熊が食べに来るんだっけ?」
徹平と暮らし始めて、もうすぐ半年になる。そうして暮らすうちに、結婚の話なんかも顔を覗かせたりもする。けれどそこにあるのは、希望よりもむしろ絶望に近い、「大きな熊」のような、おそらくはどうしようもない歪。予期せぬ新しい命の誕生にうろたえ、ひとりで部屋を飛び出した私が悟った「願い」の正体は・・・・・・。
荒れ果てたラストではけしてない。けれどまるで呪いのようだと思いながら、そして最後まで希望の見えない関係だった。。 そんな中で「私」の願いは、いつか叶うのではないかと、そんなことすら思ったし、じつはそれしか思えなかった・・・。
「哀しい」といってしまうことは簡単だと思いながらも、ずっと哀しいとしか思えなかった・・・・・・。
クロコダイルの午睡・・・
「俺、次はここのワニに生まれて死にたいと思ったんだよ。なんの役にも立たず、なにも傷つけず、必要最小限の欲望だけで生きてる。そういうのって素敵だろ」
友人同士の集まりで近づいた都築君は彼女がいるのに(というかいるから)、他意もなく次第に私の生活に浸透していく。光ることも飾ることも似合わない爪を見ながらごまかしの効かない想いを募らせる私は、都築君のほんの一言で、ある行動に出るのだが・・・・・・。
とにかく最初は都築君が単に嫌なやつにしか見えず、こちらの感情はほとんど「私」側。それは都築君の覚悟を知った後でもあまり変わらない。都築君の覚悟には少なからず気持ちを揺さぶられたのに、あんな行動を実行してしまった、「私」であるのに。
猫と君のとなり・・・
「私は、本当は、今でも少し怖いんだよ」
中学の仲間の集まる中で再会した、後輩男子の荻原君。かつてバスケ部にいながらビジネスマンじみた喋りに実力のなさも伴って、「パスをもらうと動きの止まる荻原君」としか覚えていなかった彼が、どうしてだかまるで目立ちもしなかったあのころの「私」を好きになっていたという。「好き」という言葉をけして口にしないようにくみ上げていく生活には、かつていた、自分の飼い猫を虐待する男の存在がちらついている・・・・・・。
なんだか最後に来て救われたというか、掬われた感のある物語。
それなら、もう忘れ始めてもいいのだろうか。
すごく悲しかったことを。
そして口に出してもいいのだろうか。
言いたかったことを。いいのだろうなと、そう思わせて、気づかせてくれる。私にとって必殺の物語。
「私」がずっと言えなかった最後の一言を、私も言うことにしよう。
「何があってもいっしょにいたい」と言ってくれた相方に。
こんなやつを、それでもたしかに好きで居てくれる、たったひとりの相方に。
弱い部分があるのはわるいことではない。
けれど弱さに逃げ込むのは、言い訳のできない最低の所業だから。
せめてたった一言を言えるくらいの勇気は、持てなくちゃならないと思ったのです。
追記。
ここ数週間、どうしても自分で書いてみたいと思う物語の気配がずっとしてて、ここ数日間の重要な出来事を経て(もちろん、この本に会えたことも含め)、いくらかは自分なりの形にすることができるような気がしてきました。
たどたどしいうえに、書くスピードはもうべらぼうに遅いのですが、心の片隅で見守っていただけたなら、もう十分にうれしいです。
島本理生 『大きな熊が来る前に、おやすみ』 新潮社