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鴻巣友季子 『孕むことば』

孕むことば (中公文庫)孕むことば (中公文庫)
(2012/05/23)
鴻巣 友季子

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「前に出されたエッセイ集で、『嵐が丘』の新訳を引き受けることで、自分の子どもを持つのはあきらめようとお思った、というくだりが出てきますよね。もうそこからして、文学と子どもはクロスしていたじゃないですか(中略)」
「そう言われてみると、妊娠子育ての世界にはおかしなことばや言い回しがたくさんあるんですよ、知ってます?」
・・・・・・などと話しているうちに、ふっと、本当にふっと湧いてくるというのはああいう感じをいうのだろうと思うが、わたしの口から、
「タイトルは『孕むことば』というのはどうですか」ということばが零れでた。
 (『孕むことば』より)

37歳。夢見ていた『嵐が丘』という大仕事を引き受けたが、それは同時に「子どもをあきらめる覚悟」をしなければ、ということでもあった。
ところが、子どもをあきらめる覚悟をした後「ひょっこり」した著者は、一人娘を授かる。
妊娠・出産・育児の現場で出会う、これまでに口にしたことも聞いたこともないことばたち。
そして、まだ言葉を獲得していない幼い娘の口から零れる、いとしく不思議なことばたち。
翻訳を生業とする著者が、それらのことばをひとつひとつ丁寧に掬い、数々の文学や論考と絡め、深い考察へと紡ぐ。

ことばというものを見渡して考えてみると、こんなに深くておもしろいのかー・・・そんな世界を見せてくれた著者に敬服です。
幼い娘が発する、できたてのことば、ことばにならないことばの裏側や大人には見えないお友達「かぶさん」のこと、「ヒンカイ」「カンボ」など、通常使われない、けれどその現場では何よりもその現状を言い得ていることば、などをとおしてみる、知り得なかった世界の別面。

特に、カメルーンのフルべ族の語彙にある「暗い夜の寂しさをまぎらす」という意味(!)の特別な言葉「イェーーウトゥゴ」をとおして、娘が寝る前にベッドの中で何曲も歌う不思議をとく、「闇をまぎらす -イェーーウトゥゴ-」、自分が生まれていないとき、まだお腹にもいなかったときと聞いて泣き出す娘の思いに気づく「ふたつの孤独」等、まさにつぶぞろい。

他にも、有名な子ども向けアニメの主題歌の内容を、自分の好きなもの、夢を持つことを美徳とする風潮から考察する「かぶさんが来る」、ホームビデオが映し出す、撮影者不在の光景について思いを巡らす「家族マイナス1の光景」、男性保育士がいることについて男女それぞれの親が感じる思いの複雑さをめぐる「女の視線、男の目線」等々。
考察のテーマは幅広く、そのどれもが上質で、そして鋭く、けれど何かそれまで知らない、見えなかったものをみせてもらえたようで、それがとても心地よい。
もともと考えることは好きなのですが、それにしてもこの視点、もっと追いかけていきたいっ!と直感的に思いました。

極めつけに、母と娘の関係をフロイトのエディプスの視点とまたちがった、妊娠のメカニズム、免疫学の観点からも考察した「母と子は敵同士」から、特に惹きつけられた箇所を、少し長くなりますが、引用。

「赤ちゃんは自分の命より大事と言うけれど、自分のなかに生まれた未知の生命は、半分は自分の遺伝子、しかし半分は父親(他人)の遺伝子からできているから、母胎は初めこれを「異物」として感じ、拒絶反応を起こすのだという。(中略)
子どもはいつか「親殺し」という精神的なイニシエーションを通過する。しかし母親が子どもに「殺される」のは、フロイト的な観念の「父親殺し」とはまた違った意味でなのだと思う。もっと生身といったらいいか。
子どもにとって、自分の命を一時期あずかっていた母親の存在の優位は、決定的であり圧倒的だ。あまりに圧倒的であるので、どういう形にしろ乗り越えてしまわなければ、生物として存在が危ういままになってしまうかもしれない。
言い換えれば、たがいの生存をかけた戦いの末に、母親の多くは子どもをほとんど無条件に愛するようになるが、子どものほうは当初「殺されかけた仕返し」に、母親を人生のどこかで殺して成長していくことになる。そうでなければ、生物の関係としてきっと健全でないのだ。
 (「母と子は敵同士」より)

無条件に~、のくだりは別として。
こっから仕事丸出しですが、精神分析家のメラニー・クラインが、乳児には乳房を引き裂き、毒を盛りたいという、いわゆる「死の本能」から生じる攻撃性が備わっているとしたことを思い起こさせる話で、精神分析の中でも特にクライン派の精神分析が好きな小津は、もう興奮状態で、先輩にメールしてしまったほどでした(夜中の議論に付き合う先輩も先輩ですが)。
理屈っぽいっていえばそうですが、でもあながち的外れでもない気がします。
「他人」であり「親子」であることを考えてみるとどうしても。

全般的に、エッセイ集と呼ぶにはややお勉強する部分が多いかもです。
それにしたって、ここまで引き込まれて、ところどころ娘さんのことばにクスッと笑って、さらにまたその深みにはまったりもできるこの体験、
なんにしたって最上級。素敵すぎてなんか感動しました。

最後に、タイトルにまつわる部分を少し。

英語で「妊娠した状態」をpregnantという。「プレグナントなことば」というと、いろいろな意味合いを孕んだことば、という意味になる。Conseptionと言ったら「着想」であり、「受胎」だ。言葉と懐胎は近しい関係にあるらしい。女も孕む。ことばも孕む。 (「『嵐が丘』と結婚」より)

人を選びそうな文章ですが、思い起こせば、この文章を書くひとの訳だったからこそ、読めなかった『嵐が丘』を、初めて読みきることができたんじゃないかなんて、
せんないことを、大学時代を思い返しながらふと思ったりしたのでした。

それにしても。
いま8才という娘さん、いったいどんな女性になるのでしょうか。

鴻巣友季子 『孕むことば』 中公文庫
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プロフィール

小津りゆ

Author:小津りゆ
3年ぶりぐらいですが、ログイン。夢だった資格をとってそれなりの仕事始まったはいいものの、現実にどっしん追突し、車体ボロボロ、エンジンぷすんぷすん状態です(なにそれ)。仕事の本ばっかりで、めっきり小説を読む時間が減。もしかしたら引っ越しして続編するかもです。

※since 2008.2.17

※オリジナル物語サイト、始めました。『ことあら』(リンク欄からどうぞ)

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