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椰月美智子 『未来の息子』

未来の息子 (双葉文庫 や 22-1) (双葉文庫 や 22-1)未来の息子 (双葉文庫 や 22-1) (双葉文庫 や 22-1)
(2008/02/14)
椰月 美智子

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「で、誰なのよ、おじさんは」
「俺のこと、わからないかなあ」
「全然わかんない。キモいよ、誰?」
「・・・・・・あんたの息子だよ。俊介、中西俊介」
「は?」
「未来から来たんだ」 (「未来の息子」より)


初めての椰月さん作品。
受賞暦なんか見て、てっきり児童文学一本の人かと思ったら、一作一作ぜんぜん味がちがってて。
だから読むたんび「すげーな」って驚いたし、内容はどうあれ、どれもけっこうおもしろかった、と思う。
5作収録。

未来の息子・・・
中学二年の理子は、憧れの野中先輩に告白するかどうかを訊くために、親友のさやかとこっくりさんを呼び出した。
良い返事はあったけれどこっくりさんはなかなか帰らなくて大騒ぎしたり、おまけに肝心の予言に反して先輩にはふられるしで、けっきょく散々な理子。
そんなある日理子の前に現れたのは、なんと親指サイズのオヤジ。
おまけにそいつは、「自分は七十三年後の未来から来た、あんたの息子だ」なんて言う始末。
追い返すわけにもいかず、仕方がなく理子は未来の「息子」と過ごすことにしたのだけれど・・・・・・。

「なんじゃこれ!」ってのが最初の感想。
家に突然小さなオヤジが現れて、「あんたの息子だ」なんて言い、おまけに14歳の自分を「ばあさん」呼ばわりする。
これってファンタジーなんだろうけど、「キレイ」だとか「幻想的」なんて言葉からはぜんぜん遠くて、なんかもう「みっともない」とか、「なんか知らないけど情けない」ような気までしてくる。
まーだからこそ、傍から見てたらおもしろいんだけど。

かといって、そんな笑い話だけですむような物語じゃない。
未来から来たオヤジ(あ、息子か)は、14歳の理子にいろんなことを教えてくれる。
未来の理子のこと、家族のこと、友達のこと、そして自分がなぜここにいるのか。

見た目さっぱりしてるけど、じつはけっこうしんみりした、けっこー良い話。
瀬尾まいこさんの本の読後感と、ちょっと近いかもしんない。

三ツ谷橋・・・
「あんた、この橋の名前、知ってるかね」
戸板川の橋の上。そこにはいつもきみどり色の顔をした不気味な老婆がいて、けれど僕はその橋を通ってバイトに通うフリーター。
その老婆は自称「三ツ谷」さんで、いつもいるこの橋の名前は「三ツ谷橋」なのだという。

物語ではどういうわけかこのふたりがだんだん言葉をかわすようになって、ある日老婆は「古屋橋」に行こうと言い出す。
「古屋」というのは「僕」の名前で、もちろんそんな橋はないはずなのに、老婆はずんずん進んで行く。
けっきょく僕はバカらしくなって、老婆を途中で置いていってしまうのだけれど・・・・・・。

なんていうか、何がなんだかさっぱりわかんない。
終盤に近づくにつれ三ツ谷さんがホラーみたいに不気味になるけど、かと思えば親密になりそうな雰囲気だったり、けれどけっきょくそんなことはなくて。
・・・・・・うーん、説明できない。
最後まで読んでもなんか中途半端な話だなーって思う。
そのくせ、なぜだかすんごい後味。まったくもってわけがわかんない。

月島さんちのフミちゃん・・・
中学三年のフミの家族はちょっと変わってるけど、とっても素敵な家族。
両親はいなくて、けれどフミにはふたりの家族がいる。
美人だけどひざ小僧に顔が出来たり、頭の後ろに口が出来たりする、瑛子。
昼はピシっとスーツを着こなし出社するけど、家ではオネエキャラになる、カンちゃん。
そんな3人が織り成す毎日は、けっこう変で、とってもあたたかなのだ。

5作品の中で、一番好きな話。

顔が出来る、口が出来るといいながらも肝心の実物をフミは見ていない(カンちゃんは見ているというけど)とか、つっこみどころがけっこうありそうなんだけど。
そんなことはどーでもいいやって気になるくらい、すっきりしてて暖かい話。

瑛子ちゃんの頭に口があったってなくたって、どっちにしたって、なんだか平気なような気がしてきた。カンちゃんがお嫁さんになれても、なれなくても。
どうにだって、なんだって、素直に受け入れられる気持ちがむくむくと湧き起こってきた感じだ。

と、ホントにそんな気持ちになる。すると何でだろ。けっこう、心地いい気がする。

・・・
今、直美の頭に浮かんでいるのは、恭一、貢、マーロン、浩輔の四人だ。
今日はだれにしようか。こないだ会ったばかりのマーロンがいちばん確認しやすい気がする。
そう、マーロンがいい。マーロンにしよう。

月島さんちのフミちゃんのすぐ後でこれ。正直かなりひいたけど、それはともかく。

主婦の直美は、気に入らない周囲の人間をこころの中で蔑みながら、男たちとの恋を夢想し、ときに興じる。
そうして恭一と過ごすはずだった土曜日。
直美は子どもが苦手なのに、夫に勝手に進められて義兄夫婦の子どもをひとりであずかることになる。

一触即発。美人だけど中身の狂った女の、かなりこわい話。

告白・・・
僕が僕らのためにそうめんを茹でているとき、彼女は突然話し始めた。
女友達と訪れた旅館にいた、男の話。
それは両方の小指と薬指がない、3本指の布団敷きの話。

なぜそんなことを話すんだといぶかしむ「僕」にかまわず、彼女は話し続ける。
その男の背中には、シャム双生児のようにして、女の後姿が彫られていたこと。
その男の部屋に入っていった女友達が、いつまでたっても戻ってこなかったこと。
そうして日付が変わったころに、待ちくたびれた彼女が出会ったもののこと。

「三ツ谷橋」と同じくらい、わけがわからない話。
読んでてふっと川上弘美さんの本を思い出したけれど、どこかが絶対にちがう。

「異形のものは、私達のこころの柔軟性を量るモノサシ」(解説より)だというけれど、この話をどう受け入れればいいのか、正直見当もつかない。

全部読んでみて、確実に好きなのはいわずもがな、「未来の息子」と「月島さんちのフミちゃん」。
なんだけど、残りの3つがわけがわかんなくて、なんていうか、困る。
後味だけはすさまじいくらいに残るんだけど、どう評価したらいいか、未だによくわかんない。
とりあえず、「未来の息子」と「月島さんちのフミちゃん」は確実にオススメ。

という、長いくせに歯切れのわるい感想文が限界。

椰月美智子 『未来の息子』 双葉文庫
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冬目景 『ハツカネズミの時間(1)』(~4 完結)

ハツカネズミの時間 1 (1)ハツカネズミの時間 1 (1)
(2005/05/23)
冬目 景

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僕たちは学園から“自由”という出口に向かって走り始める。
迷路で走り続けるハツカネズミのように。

私立 蒼峻(そうりょう)学園。

3歳のときに学園にやっていて、それから10年以上を学園で過ごした槙(まき)、茗(めい)、椋(りょう)、棗(なつめ)。
学園では、逃走や反抗さえしなければ、生徒には将来が約束されている。
極端な監視体制の下、学園の用意したカリキュラムを、4人も日々忠実にこなしていた。

けれどある日、突如見知らぬ転校生、氷夏桐子(ひなつきりこ)が現れた。
接触を図った槙に、氷夏はとんでもないことを口にした。

“優秀な人間を育てるために国が資金援助して設立した”と、内部の生徒たちは知らされている。
けれど実際にはこの学園は米軍基地寮内に設立されていて、一般の人間はこの学園の存在すら知らない。
けれど施設は20年前、密かに民間の製薬企業に払い下げられ、以来20年。
学園が目的としているのは、人為的な脳の調整、もしくは人工的な天才の製造。
ここにいる生徒はみな、そのための実験材料になっているのだと。

それは虚言か、真実か。 

動揺を隠し切れない槙に、氷夏は言う。

とにかく・・・・・・
あたしはもう一度ここを出る

お願い協力して


外界の自由と引き換えるのは、それまでの平穏な日常すべて。
氷夏をはじめ、槙たち4人の脱出が始まる。

初めて知ったとき「何だこれ?バトロワ系?」とか思ったけどぜんぜん違って、
学園からの脱出を図る天才少年少女たちと、追手となった学園全体の追いかけっこ。

極限の状況が、けれど終始乱れず落ち着いたトーンで描かれていて、静かな緊迫感に息が詰まる。

追う者たちと、追われる者たち。
そして4人の中で交錯する感情や、互いの心のすれ違い。
脱出を図る4人に学園からさまざまな罠が仕掛けられる中、
やがて仲間である4人の中でも、何かが噛みあわなくなってゆく・・・・・・。

最終巻まで読んだけれど、落ち着くところに落ち着いたという感じ。
読者サイドからすればさして劇的な展開ではない。

脱出を通して4人が手に入れたものは、いったい何だったのか。

正直ラストがあまりに唐突過ぎて、じつはもの足りない気持ちも残っていたけれど、それでもこれが4人にとって、たぶん一番良い終わり方だと思った。

ハッピーエンドかどうかはわからないけれど、少なくとも私は大好きです。

冬目景 『ハツカネズミの時間(1)』 講談社 アフタヌーンKC
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乾くるみ 『リピート』

リピート (文春文庫 い 66-2)リピート (文春文庫 い 66-2)
(2007/11)
乾 くるみ

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「今から約一時間後の午後五時四十五分に、地震が起きます。三宅島で震度四、東京では震度一です。確認してください。もう一度言います。今から一時間後、五時四十五分です。ジシンがあります」 (一章より)

大学生の毛利圭介のもとへかかってきた電話。
風間と名乗る正体不明の男が電話口で地震を予言してみせ、自分は未来から来たという。
これではあまりにも馬鹿げた、荒唐無稽な話なのだけれど、風間の話はそれだけではない。
「リピート」
過去の自分に戻る。過去のある時点における自分自身の肉体の中への、意識のみの転移。
つまりそれは、未来の記憶を持ったまま、自分の人生をやりなおせる、時間旅行。
半信半疑のままに集まった、毛利を含む十人の男女は、けれどたしかに「リピート」した。
しかし転移した世界でひとり、またひとりと、次々と「リピーター」たちが不審な死を遂げていき・・・・・・。
あの「イニシエーション・ラブ」を超える驚きが待ち受ける、仰天の傑作。

とは書かれてるけれど、私的には「イニシエーション・ラブ」のほうが好きです。
だけどこっちもおもしろかった。全部で500項もある長めの話だけど、ほとんど一気読み。

「過去をやりなおせる」

戻れる過去はあらかじめ定められていて、戻れることにしても一時の限定的な期間しか与えられていないというのに、十人の男女はすすんでリピーターになることを選んだ。
そして待ち受けるのは、仲間たちの相次ぐ怪死。
もうひとつ、未来を知っているリピーター特有の、地獄のジレンマ。

なるべく今回と同じ生活をしなさい。極端な話、身近な人が事故に遭うことが事前にわかっていたとしても―――いや、それが身近な人であればこそ―――敢えてその人を助けない。見殺しにする。そういう選択肢もあるのだということを知っておいてもらいたい。 (六章より)

「カオス理論」という言葉がある。
どう見ても同じ状態からはじめても、完全に同じということはありえない。
予想もしないところからほんのわずかな誤差が生まれて、けれどその誤差があっというまに増幅していき、全体の破綻をきたすことになる。「カオス」とは、そういう<閉じた系>のことを指す。

未来を知るリピーターがどんな些細なことにでも、少しでも能力を発揮すれば、それはもう完全な繰り返しの環からの、完全な逸脱行為になる。そこから導かれる結末は、完全な未知で、これはリピーターでも予測はできない。
つまりリピーターの最大のメリットは、そのまま最大のデメリットでもあるということ。

そしてこの言葉が本当に意味をもつのは、むしろ終盤から。
カオスに潜んだ悪魔がその正体を現した瞬間から、この言葉は最大の「呪い」となってゆく。
そうと気づいたときには、もうとりかえしがつかないのだけれど。

それにしても。

「イニシエーション・ラブ」のときもそうだったけれど、乾さんの書く物語のラストには、毎回唖然とさせられる。
予想もできないというのがもちろん第一なのだけれど、そのあまりにもさりげない、そのくせあまりにもひどい、その結末に唖然とさせられる。

「リピート」にも、それはもちろん健在。
さりげなく地味で、けれど究極のラストシーン。
知りたければ、ぜひ一度読んでみてください。

乾くるみ 『リピート』 文春文庫
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木村紺 『神戸在住(1)』(~10 完結)

神戸在住 1 (1) (アフタヌーンKC)神戸在住 1 (1) (アフタヌーンKC)
(1999/08)
木村 紺

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それが 生きる ということ なのだろう

kyokyomさんからの紹介本。

「月見さんに読まれるのを待ってる本かも」と言って知らせてくれたのだけれど
これはほかでもなく、私のほうが待ってた本かもしれない。

タイトルだけではいまいち想像がつかなかったけれど、内容はごくシンプル。
文字通り「神戸在住」の女子大生、桂辰木(かつらたつき)。
彼女の暮らす町、神戸やそこで過ごす毎日が、丁寧なですます調で語られてる。

下手なガイドブックなんか買わずに、「神戸好きなんだけどもっと好きになりたい!」ってひとは、これ一冊持っていけば十分行きたいところに行けるような気がする。

好きなひとが飾らないで伝えてくれる言葉って、どこにでも出会わせてくれるような。
つよさとやさしさ。ひっくるめて、いとおしさ。そんなものが一項ごとにきちんとしみこんでて、だから読んでる私がこんなにやさしくたのしい気持ちになれる。
だけど神戸の街にあるのは、爪跡だってそう。

1995年の、阪神淡路大震災。

死者:6,437名 行方不明者:3名 負傷者:43,792名 (wikiより)という甚大な被害を出したこの出来事は、けれど関東出身の辰木と神戸生まれの友達とは、いくら仲が良くてもちがう経験。

神戸出身でもなく、それどころかこの物語の外にいるばかりの私なんてそういう意味では完全に部外者なのだけれど、震災の跡をふりむく辰木のまなざしはどっかで虚ろな感じがする。

仮設住宅を眺めるまなざしとか、しがみついた友達の指の跡とか、友人が語る震災の記憶とか。
自分の中にはない爪跡を、いったいどう眺めたらいいんだろ。

古いものと新しいもの 純和風と異国の薫り
さまざまな事柄が 渾然とした街
神戸は いい処だと思う


抜き取ったのは始まりの何気ない言葉だけど、神戸の街に住む辰木の気持ちがひと言につまってる。
だからこそ、もしかするとここでは共有できない記憶を、思ってしまうこともあるのかもしれない。

大人しくて控えめで、けれどどこかで鋭い女の子。
物語は10巻で完結してしまうそうだけれど、辰木たちの生活がもっとずっと続けばいいなと思う。
なんか読んでると、いろんな人が好きになれそうだから。

そーいうわけで、kyokyomさん。
私はこのまま10巻まで買い続けますので、責任とってパンク寸前のうちの本棚の増設資金を送ったりは、してくれませんか?(半ばマジ)

ちなみに毎度おなじみの記事の最初の引用は、さんざん迷ったけれどけっきょくあのひと言にした。
この物語を必殺のひと言で伝えたくて拾ってきたひと言。
この記事を読んでくれた方に届くことを、こころから祈ってます。

木村紺 『神戸在住(1)』(~10 完結) 講談社 アフタヌーンKC
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江國香織 『すきまのおともだちたち』

すきまのおともだちたちすきまのおともだちたち
(2005/06)
江國 香織

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(画像は単行本です。実際に読んだのは集英社文庫版)

「つまりね」
自動車のドアをあけ、お皿をやさしくすわらせると、女の子は言いました。
「つまりあなたは旅人だってことよ。旅人っていうものはね、旅が終わればいやでも帰らなきゃならないの。そんなの、生まれたばかりのへびの赤ちゃんだってわかることよ」


それは、もう随分に前のこと。
若く、溌剌とした女性新聞記者だった私は、仕事の最中に迷子になってしまった。
来たはずの道がなぜだか帰れず、それでも帰ろう帰ろうとやっきになって、たどりついたのは名前もわからない見知らぬ町。
途方に暮れる私がその町で出会ったのは、一人で暮らすちいさな「女の子」とかつてどこかの御邸から旅立ったという「お皿」。
いろいろ試してみて、どうやら当分帰れそうにないと悟った私は、この不思議なふたりの家に「旅人」として、ひとまず泊まらせてもらうことになるのだけれど・・・。
こみねゆらさんのぴったりの挿絵を載せた、極上の寓話。

「ホントに素敵な物語でした」

ってこころの底から思った物語。
「素敵な物語」はうれしいことに本当にたくさんあるけれど、これはなんていうか、しんみりとはかなくて、そのくせきりっとした強みのする、素敵な童話。

しっかり者の「おんなのこ」と、つけつけとおせっかいな「お皿」。
即興の「旅人」となった私は、なんだかわりに合わないような気持ちを抱えたまま、それでもこの不思議なふたりとの毎日を愛おしく感じるようになる。(私だってそうだ)

けれどそうして唐突に訪れたおかしな毎日は、やっぱり唐突に終わる。
そうして唐突に終わった毎日は、ますます唐突に戻ってくる。(あまりに唐突なので「お皿」なんか驚きのあまり割れてしまうのだけれど)

この展開が、断然好きなのだ。
これぞ江國さんの描く童話、って感じがする。
どこをどうしてもつかめないけれど、見失ったと思えばいつのまにか手元に戻ってる。

「世界だもの。世界は確固たるものでなきゃあ」

二度目にこの町に来て(それは最初にこの町に来てもとの町に帰ってから数年後のこと)、「ここは変わらないね」と目を細めた私に「おんなのこ」が言った言葉。

たぶんこちらの世界に住む私たちは、この言葉にかすかな(もしくは大きな)違和感を持ってしまう。
少なくとも、物語中の「私」はそうで、だとしたらどうするか。

新聞記者という仕事柄、私は世界についてもう少しちがう意見を持っていましたが、今ここで口にするつもりはありませんでした。

じつは私はこのシーンが一番好きで、読後もう何度も読み返している。

たぶん「私」のいう「世界についてのもう少しちがう意見」は、こちらの世界に暮らす私も、(もしかすると、今この記事を読んでくださってる方だって)知っているのかもしれない。

でも、知っていても口にはしない。

それはたぶん、変わらない、永遠の住むこの町に遊びたいから。
いつでも会えるわけじゃないともだちを、けしてなくしてしまいたくはないから。

もちろん、こんなの私の勝手な想像。それでもいろいろ思ってそれっぽい理由を並べてみたけれど、こんなのに正解なんて最初からないんだろーな、きっと。

最後に、私の好きなもうひとつの言葉(「おんなのこ」のもの)を抜き出して終わり。
もう何度目、何年かぶりに「すきま」におっこちた中年の「私」に、「おんなのこ」が言った言葉。

「でもね、女の子がお母さんになったり、おじいさんが中年の婦人になったりしたら、おかしいでしょう?猫がカエルになったり、カエルが猫になったりしたら、わけがわからなくなっちゃう」

私はこれから眠るから、運がよければこんな素敵なすきまのおともだちに会えるかもしれないな。
なんてがらにもないことを思ったりしながら、今日はもう寝ます。

オヤスミナサイ。

江國香織 『すきまのおともだちたち』 集英社文庫
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とりのなん子 『とりぱん(1)』(~5~続刊)

とりぱん 1 (1)とりぱん 1 (1)
(2006/03/23)
とりの なん子

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スーパーの日付切れ直前のパンは 無職の私には貴重なものであった
大量に買い込んで サイコロ状に小さく切って
鳥にやる
 (「~第17回MANGA OPEN 受賞作品~」より)

続刊になると本棚に入らない、買い続けなければならないから出費が増えるとかもろもろの理由でめったに読みきりもの以外のマンガは買わない私。
けれどこの本、待ち合わせた本屋でたまたま見つけて、その時点で5巻目まで出てるのにあっというまにジャケ買いしてしまった。
読んでみてやばい、まずい。私このマンガ、めっちゃくちゃ好きだ!!

と、本日鼻血をまき散らしそうな勢いでお勧めするのは、KCモーニングで連載中(らしい)とりのなん子さまの『とりぱん』。

とりのさんの実家の庭にあるえさ箱目指してやってくる、個性たっぷりの野鳥たち。
そんな野鳥たちと、無類の鳥好きであるとりのさんのヘンテコでほんわかした日常を描いた4コママンガ集。

「野鳥のマンガってないよなー」という無職時代の鳥好きとりのさんの発想から生まれたマンガなのだけれど、さして鳥好きでもない私がものすごくはまってしまった。
どこにでもいるような、どれも同じようなとか思ってたけど、鳥ってこんなにおもしろいんだ!?みたいな。とにかくびっくり。

えさ場にどかんと居座る青ゲラ(表紙)ポンちゃん、おどおどしてていじめられっこのつぐみのつぐみん、せっかちむかつきヒヨドリに、これはメジャーなスズメ軍団。駐車場にはなんとなく追いかけてしまう(そしてこけて顔面強打。とりのさんがね)セキレイもいる。
そんな愛すべき野鳥たちだって、ただかわいいだけじゃなくて意外と強か。
すっぱい匂いのしだしたパンをえさ箱にばらまけば全部蹴り落とすし(ここで怒らず「すみませんーん!!」とスーパーに走るのがとりのさん流)、せっかく置いたオレンジだってお呼びじゃないヒヨに5分で食べられてしまったり。

そんな野鳥たちとの今流行りのスローライフとは一味違ったワイルド&クールライフ。
トラブル続出、けが続出の平穏無事とはほど遠い毎日だけど、そんな毎日へのとりのさんのあふれて洪水にでもなりかねないような愛情が伝わってきて、なんかこっちまで楽しくなる。

田舎でも都会でもない、中途半端な私の住処には鳥の声なんてほとんど聞こえないけれど、カラスやすずめの鳴き声に混じってそういえばときどきカッコーやウグイスなんかが鳴いてたりする。

姿は見なくても次々といろんな鳥の存在に気づく今日この頃

えさ箱つくろーかなと本気で思って両親に言ったら、「邪魔」のひと言で一蹴されたのだけれど。

とりのなん子 『とりぱん(1)』 KCモーニング

(興味を持たれた方、amazonで表紙以外の写真も公開されてますので、上記リンクからぜひご覧に)
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島本理生 『ナラタージュ』

ナラタージュ (角川文庫 し 36-1)ナラタージュ (角川文庫 し 36-1)
(2008/02)
島本 理生

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今でも呼吸するように思い出す。季節が変わるたび、一緒に歩いた風景や空気を、すれ違う男性に似た面影を探している。それは未練とは少し違う、むしろ穏やかに彼を遠ざけているための作業だ。記憶の中に留め、それを過去だと意識することで現実から切り離している。

転勤を期に両親がドイツへ発った2週間後。引っ越した部屋で泉がテレビを見ていると、携帯電話が鳴った。
「ひさしぶり。元気にしていましたか」
聞こえてきた声は間違いなく彼のもので、私はすぐに返事をすることができない。
「こちらこそおひさしぶりです、葉山先生」

もしかしたらそう口にした瞬間、あの日のことを知らず思い出していたのかもしれない。

高校の演劇部の顧問だった葉山先生と、学生の泉。
卒業式のあの日、たしかにふたりの関係は終わったはずだった。

演劇部の後輩の指導のために母校を訪れた泉は、葉山先生への思いを再確認する。
そしてそれは泉だけでなく、同時に葉山先生の思いでもあると気づくのだけれど・・・・・・。

「一生に一度の恋」
恋愛小説はときどきしか読まないけれど、ここまで入り込んでしまった物語は初めてだった。
けして多くを口にしない泉の、だからこそ今にもあふれそうるか破裂してしまいそうなぎりぎりの感情が淡々と綴られていて、最後の最後まで息を呑むようにして読んだ。

あのときたしかに終わったはずの関係がまた燃え始め、けれどもう二度と交わらないであろうことをどこかでふたりとも知っている。
葉山先生は葉山先生の今があるし、泉には泉の今がある。

だっていうのに、お互いの感情がいちいちそれを邪魔していく。
ときに絡まりかけ、ときに周りを傷つけながら。

「これしかなかったのか、僕が君にあげられるものは。ほかになにもないのか」
必死で模索するように私の目を覗き込んだ。そんなところを探してもなにも見つからないのに、もうずいぶん長いこと、私の目は彼しか映していない。
「あなたはひどい人です」
私は叫んだ。
「これなら二度と立てないくらい壊されたほうがマシです。お願いだから私を壊して、帰れないところまで連れて行って見捨てて、あなたにはそうする義務がある」


終盤から引用。

同情する気はさらさらないけれど、泉の叫びは間違いじゃない。
葉山先生の一人よがりの苦しみや優しさは、たしかに泉を壊すことも包むこともないままいつまでも生殺しにする。
けれど同時に、泉にもそれは言えると思う。
壊れる義務といえば語弊があるけれど、葉山先生への叫びは、そのまま泉にだって当てはめられる。
だからこそ、あの結末は泉はもちろん、ふたりにとっても一番良いものだったと思う。

じつは私はこの物語は苦手、というか嫌いで、それなら何で読み返してしまったんだろうなんて考えながらふと、同属嫌悪かもしんない、なんて思った。
それこそ勝手な思い入れかもしれない。というか傍目から観れば「あんたが勝手に浸ってるだけだ」って切り捨てられてもおかしくないし、私はそれに反抗する気もない。
けれど葉山先生も泉も、どっかで限りなく私に似てる気がする。
私がこの物語に抱く感覚はほとんど憎むことにも似た「嫌い」なのだけれど。
それでもたぶんこのまま手元に置いておくんだろうな。

これってもしや、「好き」ってことなんでしょうか。
そんなことすらよくわからないまま長々と書き散らしてしまったけれど、この本はだれかにぜったい読んでほしいと思います。

島本理生 『ナラタージュ』 角川文庫
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松井雪子 『チル☆』

チル☆ (講談社文庫 ま 58-1)チル☆ (講談社文庫 ま 58-1)
(2008/03/14)
松井 雪子

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頭のてっぺんを何かがノックした。

「くねり」だ。
くねりを初めて見たときの記憶はない。いつのまにか私の側にいた。青白い顔お黒い尾だけを持っていて、得体が知れない。その名を知ったのがいつだったのか、いったいどうやって話をするようになったのかも思い出せない。
(「ハッピーバースデイ」より)

衝動買いして読んでみて、「失敗したかな」と思ったらけっこう気に入って、けっきょく一気読み。

だいたい11年間生きている少女「チル」と、皮肉屋でいじわるで、けれどチルにしか見えない不思議な生き物「くねり」の物語。
日常の中の小さな異界の中でチルが学ぶのは「生きること」「死ぬこと」、「失くすこと」「始めること」。

連作短編。4話収録。

ハッピーバースデイ・・・
今からだいたい11年前の、チルの始まりの話。
「だいたい11年」の意味はここでわかる。
たった8ページだけど、導入部分にしてしんみり余韻の残る話。

生きてく約束・・・
ママヨの母、ババに飼われてる病気の老犬「セミマル」。
そのセミマルが死ぬ予感がして、チルはセミマルをどんな病気でも寿命が延びるという「あさっての滝」まで連れていこうとするのだけれど・・・・・・。

私的には「チル☆」の中で一番好きな話。
願いが苦しみを与えてしまうことになるのなら、わがままな私はどうしてたんだろう。

ともだちの雲・・・
「チルちゃんへ。夏休みのプレゼントだよ」
ママヨの親しい男友達のニーニから送られてきたのは、シタの町のはずれの遊園地のチケットだった。
学校には3日しかいけず、友達のいないチルは仕方なくくねりと行くことに。
けれどいじわるなくねりはチルのチケットまでくわえて遊園地に飛んでいってしまう。
おまけにその遊園地には遊園地が嫌いな受付のお姉さんや、「生きている雲」をつかまえにきたという不思議少女マシュマロの、たったふたりしかいなくて・・・・・・。

マシュマロがチルに見せてくれたノート。
おとうさんから聞いた「生きている雲」についてのノート。
本編中にそのまままるごと収録されていて、まるで自分がマシュマロのノートをのぞきこんでるみたいな気がしてたのしくなる。

・・・・・・この話も一番好きかもしんない。(どっちだよ!)

虹のむこう・・・
くなりがいなくなって一週間。
戻ってきたくねりのそばには、生まれてくるはずだったチルの弟、6歳になったギンがいた。

ギンの姿はチルには見えて、けれどママヨには見えない。
かつて一度そのことでギンはとても傷ついて、チルの前からも姿を消してしまった。
けれどじっさいには、くねりが古井戸の底でギンを育てていたのだった。
今度こそギンを傷つけてはいけない。
そう誓ったチルに、ギンは言う。

「お姉さん、ぼく、もう十分遊んだよ。明日から学校に行きたい。学校mに通える年になったからこっちへ来たんだもの。ね、いいでしょう」

ギンは大事な弟だけれど、もう人間ではない。
学校に連れて行くのをむずかしいといったチルに、ギンは訊く。

「お姉さんまで、ぼくをなかったことにするの?」

迷った末にチルはギンを学校へ連れて行くのだけれど、そこで大変な事件が起きてしまう。
そしてチルは大切な弟ギンを、むこうの世界に帰すことを決意するのだけれど・・・。

終盤。
欠片も想像してなかった意外な事実がわかって、チルと同じくらいとまどってしまった。
けっきょく物語は収まってゆく。けっきょくひとつの魂が、物語といっしょに昇っていく。
そしてけっきょくくねりとも、ここでお別れになるのだけれど。

ふんわりやさしい童話のような物語かと思えば、ひとつひとつの物語が中にいつだって抱えているのは「生きること」「死ぬこと」、「失くすこと」、そして「始まること」。
物語が終わって遠くへ走ってゆくチルは、けれどその瞬間に始まっていく。
やさしいだけじゃなくむしろ厳しいくらいけれど、なんとも素敵な物語。

ちなみに表紙の絵は、『不思議な森にチルが迷い込んでいる絵』なんだって。

松井雪子 『チル☆』 講談社文庫
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藤原伊織 『ダックスフントのワープ 』

ダックスフントのワープ (文春文庫)ダックスフントのワープ (文春文庫)
(2000/11)
藤原 伊織

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「そのダックスフントは、スケートボードに乗っかってたんだよ。ダックスフントのスタイルは知ってるね。とても足が短い。だからスケートボードは理想的な乗りものだった。彼は発見したんだ。体型にとてもあってる。スケートボードに乗ったダックスフント。頭の中で絵になった?」
(「ダックスフントのワープ」より)

売っては買い、売っては買いを繰り返して、気付けば何度も読んでいる本。好きなのかそうでないのか、未だによく分からない。
4話収録。

ダックスフントのワープ・・・
難解な言葉を好んで使う自閉的な少女、下路マリの家庭教師を引き受けた、心理学科の学生の僕。
そんなマリに僕が語ったのは勉強の話ではなく、「時間的空間的非連続性における跳躍」、つまり異空間、「邪悪なる意志の砂漠」へとワープした、90歳の心優しきダックスフントの物語だった。
僕が即興で語るその物語に下路マリは興味を示し、そうして物語はいよいよ架橋へ差し掛かったのだけれど・・・・・・。

「教訓的」で、さりとて「古典にはなりそうもない」話。
物語の核がどこにあるのかわからなくて、不意に訪れた「悲劇的な」終わりに戸惑ってしまう。
アンハッピーエンド。けれど私はたぶん嫌いじゃない。

ネズミ焼きの贈り物・・・
チャイナドレスを着て哲学書を万引きしていた女の子は従業員に捕らえられ、けれどそれを目撃した「僕」は従業員を階段の上から蹴りつけて、その女の子を逃がした。彼女は「僕」の友人の妹で、とうの友人はおよそ一年前、沸騰した湯船の中で息絶えたという。

タイトル通りのことが実際に起こるので注意。
淡々と語られるぶん、よけいに薄気味悪い。

ノエル・・・
離婚した父親が、息子ノエルの生後2、3ヶ月に送ってきた19世紀のヴィスクドール、ミーアン。
おぞましい過去の関りを象徴するそれは、けれどノエルにとっても姉の翔子にとっても大切な友人であり続けていた。
けれどある夜のある出来事をきっかけに、翔子はついに人形追放の決意をしたのだけれど・・・・・・。

静かな雨の中、突堤に佇む翔子とノエルと、ミーアン。
ミーアンの頭にスティックを振り下ろしたのは、だれだったのか。
ただ、正直この話は嫌い。「ダックスフントのワープ」よりはるかにストレートだけれど、だからよけいに嫌いになってしまった。

ユーレイ・・・
叔父のアンティーク店に勤める、といっても商品知識もなく店の奥に座っているだけの「僕」は、ある日若い女の子のユーレイに出会った。
彼女は毎日かっきり午後二時にこちらに現れ、午後六時にあちら側にもどっていく。
いつしか「僕」とユーレイは親しくなっていくのだけれど、「僕」の誕生日に、ユーレイは唐突に語りだした。それは「僕」がそのときまでけして訊かなかった、彼女がユーレイになった理由。

「光を当てられるまで、自分のことは何一つ気付かない」、「スクリーンでしかない」。
そんな「僕」のもとにある日ユーレイは5時少し前に現れ、そして二度と現れなくなる。
そんな彼女の前で、「僕」ははじめて嘘をついた。

私がこの本を何度も買い戻しているのは、もしかするとこの物語のためかもしれない。

私の拙い文章でこの本の感想を書くのはいくら背伸びしてもとても難しく、けっきょく今回は何も伝え切れなかったかもしれないと思った。
けれどこの本は濃厚すぎて、本当に好き嫌いがわからない。
俗世的、閉鎖的、象徴的、哲学的。いろんな言葉があるのだろうけれど、何を当てはめていいのかわからない。

たぶん一番近いのは、「閉鎖的」なんだと思う。
すすんでお勧めはしないけれど、だれかに気にかけてはほしい本。

藤原伊織 『ダックスフントのワープ 』 文春文庫
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雨宮処凛 『ともだち刑』

ともだち刑 (講談社文庫 あ 95-2)ともだち刑 (講談社文庫 あ 95-2)
(2008/04/15)
雨宮 処凛

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笑われる私はいつもぽかんとした顔をして、次の瞬間、必死で笑顔を作る。だけどその笑顔は、あなたの「笑ってんじゃねぇよ!」という言葉で凍りつく。どんな顔をすればいいのかわからなくて、私は顔の筋肉の震えを必死で堪える。必死で笑うことよりも、笑うことすらできないことの方がよっぽど辛いということを、私は初めて知った。

「今日のテーマは『暖かい』と『冷たい』です」

美大予備校で「お手本」を模写せずに「本当の絵」を描いた私。
けれど講師は酷評することもなく私の絵を無視してのけ、そんな私の耳に響くのは聞こえないはずの笑い声。そして私は思い返す。
中学のバレー部に遅れて入部してきた、芸能人のような憧れの「あなた」。
その「あなた」から、そしてともだちだったみんなから、かつての私が受けた壮絶な痛みの記憶。

(以下、内容についての具体的な記述が入ります。ネタばれはありませんが、少しでも気持ちに影響を受けそうだと思ったなら、これから先を読むか一度考えてから読んでください)

雨宮さんの本は、自伝「生き地獄天国」と「すごい生き方」に続く3冊目。
物語を読むのは初めてだけど、やっぱり雨宮さんの本は死に物狂い。
こんな物語は、たぶん雨宮さんにしか書けないと思う。

バレーが下手な私と、ぐんぐん上達する「あなた」。
トスを外してばかりの私と組んだ「あなた」の顔から、徐々に笑顔が消えていく。

「集団競技の中である程度下手なやつがいじめられるのは仕方ない」と書いていた有名なマニュアル本があった。
仕方ないなんて言葉で済ましてもらいたくはないけれど、実際問題そういう状況ができあがってしまうのは必然なのかもしれない。

心の中で何かを言語化してしまいそうになるたびに、慌ててその言葉を打ち消した。違う違う違う、全然そういうんじゃなくて。あなたは私にバレーが上手くなって欲しいだけ。友達だから。仲間だから。それにきっと、あなたには私が想像もつかないような辛く苦しいことがあって、その気持ちを紛らわせるために私に甘えているだけ。私に心を許しているから。私にしか心を許せる人がいないから。そうして急いで心の中で歌を歌うのだ。

これがすべて、これが正しいなんて言うことはもちろんできない。
けれど現実に生まれる感情のひとつのかたちが、確実にここにある。

「人を選ぶ本」なのではなく、「人が選んで読む」本。
くどいけれど読んでるとものすごく憂鬱になるし、私も読んでてつまんねーことをいろいろ思い出してかなりブルーになってしまった。
ぼかした展開、うわべだけのハッピーエンドなんてごまかしは一切なしなので、調子の悪いときに読むのは絶対NG。というか厳禁。

けど余力のあるときになら、読んで本当ににじっくりと考えさせられる。
読めるひとになら、一人でも多くのひとに読んでほしい本。

雨宮処凛 『ともだち刑』 講談社文庫
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片川優子 『佐藤さん』

佐藤さん (講談社文庫 か 101-1)佐藤さん (講談社文庫 か 101-1)
(2007/06)
片川 優子

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「単刀直入に言うわ、佐伯君」
学校近くのマックで佐藤さんは言った。
「はい・・・・・・」
なぜだか佐藤さんから逆らえないような空気を感じて僕は思わずうなずいた。
「私に憑いてるモノ、見えるんでしょう?」


幽霊が見えてしまう気弱な高校生の「僕」と、幽霊に憑かれてしまいやすい同級生の「佐藤さん」。
当分関りたくない、できれば近づきたくもない。
そう思っていた「僕」だったけれど、思いもかけず佐藤さんのほうから声をかけられ、けっきょく佐藤さんの「除霊」を手伝うことに。
やさしく大人しいと思っていた佐藤さんが以外にしっかりしていて勝気な女の子だったことや、その佐藤さんとの距離が急に縮まったことに戸惑う「僕」。
さらにさらに、佐藤さんに憑依しているおしゃべり幽霊の安土良助さん、それに「僕」の友人の仕切り屋志村も加わって、幽霊中心の不思議でドタバタな毎日が始まる。

買ってからもう何回も読み返してる、すんごくお気に入りの物語。

幽霊を中心にして始まった、「僕」と佐藤さんの不思議な関係。
けれど中学生時代に傷ついた過去を持つ「僕」は、佐藤さんに対してもどこかで距離を置こうとしてしまう。

『佐伯といっしょにいると楽なんだよ。なんでもしてくれるから』
笑いながら言われたセリフ。曖昧に笑った自分。あんな思いをするぐらいなら。
自分の気持ちを素直に口に出して笑うこの少女を、傷つけるくらい、かまわない。


そのたんび、自己嫌悪に陥ってしまう「僕」。
中途半端に気弱で、中途半端にやさしいこころの持ち主なんだと思う。
自分を守ることでだれかを傷つけてしまうことがあると気付いた「僕」は、少しずつでも強くなろうと決意する。

もうひとつ。この物語は一見強くてしっかり者の佐藤さんと、気弱で自信のない「僕」の恋物語でもあるのだけれど。

とにかく「僕」の気弱さ加減に、あきれるのを通り越して笑ってしまう。
せっかく佐藤さんが「私が好きなのは佐伯くんだよ」って告げられても「佐藤さんが好きなのは僕自身じゃなくて、幽霊が見える僕なのではないか」とか何とか
「おい佐伯ぃ!!しっかりせーよ!!」って後ろから張り倒したくなるようにくよくよひとりで悩みこむ。
そのたび、安土さんやら志村やらにせっつかれて、「僕」は少しづつ佐藤さんへの気持ちに気付いていく。
そしてそんな気弱な「僕」は、佐藤さんの思いもかけない過去を知ることになる。

佐藤さんの思いもかけない過去を知って戸惑う「僕」。
戸惑いながらも何とか佐藤さんの力になりたいと思う「僕」に、おしゃべり幽霊の安土さんは言う。

《自分だってできてないのに、人になんか言えんのか?》

幽霊が見えるだけの、気弱な高校生でしかなかった「僕」が、佐藤さんのためにとった行動。
それはけして、だれにでもできることじゃない。

だれかを好きになり、そのだれかにこころから笑っていてほしいと願うこと。
ありきたりで単純で、けれどこれ以上にない素直で素敵な想いの強さを、思い知らされる。

スタバの前で転んで笑って、その側には大切なひとたちがいる。
だとしたら、それって最高のシアワセだなって心底思う。

ちなみに、この物語を書いたとき著者の片川優子さんは中学三年生だったとか。
そんな片川さんの2作目は、17歳のときに書かれた17歳の主人公の物語。

文庫化希望。そっちも今からすんごく楽しみです。

片川優子 『佐藤さん』 講談社文庫
プロフィール

小津りゆ

Author:小津りゆ
3年ぶりぐらいですが、ログイン。夢だった資格をとってそれなりの仕事始まったはいいものの、現実にどっしん追突し、車体ボロボロ、エンジンぷすんぷすん状態です(なにそれ)。仕事の本ばっかりで、めっきり小説を読む時間が減。もしかしたら引っ越しして続編するかもです。

※since 2008.2.17

※オリジナル物語サイト、始めました。『ことあら』(リンク欄からどうぞ)

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