コンテントヘッダー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
コンテントヘッダー

梨屋アリエ 『でりばりぃAge 』

でりばりぃAge (講談社文庫)でりばりぃAge (講談社文庫)
(2006/04/14)
梨屋 アリエ

商品詳細を見る


息がしたい。わたしは全開の窓にかけよった。

帆だ!白い帆をはためかせた船が見える・・・・・・。

窓枠をぐっとつかんだ。
そのときチャイムが鳴らなかったら、わたしは衝動的に飛び降りていたかもしれない。
四階の窓から、隣の民家の庭に。


14歳、中学2年の夏休み。
夏期講習の空き時間、こらえきれない不快感から窓をのぞきこんだ真名子の目は、
教室の隣の家、そこの庭にある木と木の間に干された、真っ白なシーツに釘付けになる。
それは「遠目に見ているのに大きくどうどうとしていて、一隻の帆船の帆のよう」で、
真名子はそれをとっさに「溺れているわたしを助けにきた船」だと感じる。

そしてある雨降りの日。
雷鳴の中、ほったらかしに干されたままのシーツを見るにたえられず、
とうとう真名子は教室を飛び出して、隣の庭へ。
そこにはなんだかボーッとしたような「ローニンセイ」がいて、どうやらおじいさんとふたりで暮らしているよう。
その日をきっかけに真名子は夏期講習の代わりに、その庭を訪れるようになるのだけれど・・・・・・。

隠れた名作、というか単純にお気に入りの本。
そーいえば大学1年のとき、初めての語学の講義前にこの本を買いに、
少ない空き時間に4駅離れた本屋まで行き、結果大遅刻したという変な思い出があるけれど
まあ、それはそれとして。(←もう完全お馬鹿ですね、はい)

とある有名高校の夏期講習に参加していた、中学2年の真名子。
校舎の隣の庭に住む得体の知れない、けれど善良そうなローニンセイ。
真名子は「息抜き」として、ひと夏をこの庭で過ごすことになるのだけれど、
不安や焦りや、いらだち。
そんなものがいつでもどこでも見え隠れする。
うわべだけの友だち3人。
目的の見えない夏期講習、勉強。
教育マニアの母親。頼りない父親。かわいくていい子な、小学1年の弟。
いろんなものが絡んでまわって、とうとう頭の中がいたくなる感覚。

突然、頭のなかが真っ白になった。
一生懸命勉強したって、しなくたって、行き着くところは同じなの?
だれかと結婚をして、子どもを産んで、育てて・・・・・・その先になにがある?
(p44)

これからのことを考えるとじっとしていられない。見えない将来のことを考えると吐き気がする。
今日が終わらないと未来はやってこない。未来のために今日を使う―――この夏、わたしがここでつぶして搾ってどろどろのジュースにしたものが、はたして未来の栄養になるのだろうか。                     ストップ。なにも考えないほうが利口だ。思考の蛇口をキュッと締めよう。
でも、あとからあとからじわじわもれだしてしまうものは、防ぎようがない。
(p71)

教育マニアの真名子の母親に言わせれば、「思春期」、なんて何も片付けられないひと言で、いとも簡単に片付けられるこの感覚。
私にはまだ記憶があるし、いまでもときどき、ずんっ、と現れる感覚。
それは主に「未来」とか、「将来」とかに向いてて、中学生でもないのに、
ときどき焦ったり不安になったり、いらだってしまいそうになったりもする。

対するローニンセイも、どうやら単なる楽天家、というわけではなさそうで。
勉強しているのかと思えば、おじいさんの日記を毎日食い入るように読んでいたり、
真名子が好きだという庭を「嫌いだ」と言い捨てたり。
その理由はだんだんとわかるのだけれど、そのとき真名子はどうするか。

物語の終盤。
不思議な、けれど貴重なひと夏を過ごした真名子とローニンセイは、
それぞれのスタート地点に立つことになる。
その直前、真名子は友人にこんな相談をする。

「たとえば、トモダチがつらい思いをしているようなとき、なにかをしてあげたいよね。だけどわたしにはそれを助けてあげることはできない。たぶんその人はひとりになって考えたいときだし、そっとしてあげるのがいちばん相手のためになるとわたしもわかってる。でも、なにかしてあげたい。そんなとき、どうしたらいい?」

不意打ちのように問われて、物語の中の友人だけでなく、読んでる私まで考えてしまった。
(考えたけど、私の答えも、真名子の友人のひとりのそれに、近い)

あの八月の風をはらんだかろやかな洗濯物に、いますぐつつまれたら・・・・・・。

そう思って最初庭を見下ろしてた真名子のこころは、不思議なひと夏で、ずいぶんと変わってく。
(そのへん、なんか山崎マキコさんの「さよなら、スナフキン」を思い出した)

たぶん読んでて一番気に入るのは中高生なのだと思うけど、14歳の真名子の感覚、
けっきょくだれが読んでも共感してしまうんじゃないだろーか、と思う。多かれ、少なかれ。

どうせなら、夏が終わってしまうそのまえに。
一度、真名子と白い帆に飛び込んでみたらどうでしょう。
きっと、かなり素敵な夏の物語に、出会えると思います。

梨屋アリエ 『でりばりぃAge 』 講談社文庫
スポンサーサイト
コンテントヘッダー

宮部 みゆき オオイシ ヒロト 『スナーク狩り(1)』(~続刊)

スナーク狩り 1 (1) (BUNCH COMICS)スナーク狩り 1 (1) (BUNCH COMICS)
(2008/08/09)
宮部 みゆきオオイシ ヒロト

商品詳細を見る


その時 僕が気づいていれば―――
彼女の運命を変えることができたかもしれない

“最後の復讐”

だけど僕にはその歩みを止めることはできなかったんだ


クリスマスの夜。
新人バーテンダーの佐倉修治はオーナーからひとりっきりの店番を押し付けられ、
ひとりさびしくため息をついていた。
そこへ訪れた女性、関沼慶子。
雪を避けて店を訪れたという慶子が、佐倉は気になってしかたがない。

けれど彼女の抱える大きなカバンには、一丁の散弾銃。
慶子はその時にはもう、すべてを奪った憎い者たちへの復讐を開始していた。
そうと知らない佐倉は、慶子に近づいていこうとするのだけれど・・・・・・。

こんな物語があったんだ、とほんとうに驚いた。
宮部みゆきさんの『クロスファイア』は読んだけれど、これは似ていてちがう気がする。
結末はわかっていてもこれからどうなるのか、本当に想像がつかない。

クリスマスのさえないバーテンダーと、どこか陰のある美人の女性客。
それぞれが抱えているのは、一杯のカクテルに込めた想いと、復讐のための散弾銃。

スナークとは、
「ルイス・キャロルの詩に登場する正体のはっきりしない怪物の名前。
捕まえた人はその瞬間に消えてなくなってしまうと言われている」(表紙裏より)

その影は、佐倉の過去にも現在にも、見え隠れする。
そして関るたびに慶子の身にも同じ影を見つけた佐倉は、慶子にこれからもずっと関ることを決意する。

俺は・・・・・・ あなたに ほれたのかもしれません

たしかに感じる。けれどまだ見ぬ慶子のこころの壁。
けれどそれも少しずつ剥がしてゆけると信じる佐倉。
そして同時に、佐倉に知れず着実に進行する、慶子の計画。

そして来る6月21日の決行日

彼は自らの手で―――
私の復讐を成し遂げてくれる


先を見たくないほどの哀しい物語だというのはもうわかる。
けれど間に合わなくとも、佐倉の想いが届くと、信じていたい。

どうなるかわからないけれど、今一番、早く続きが見たい物語。
救いのある結末になることを祈ってるけど、そうはならないと予感もする。

いつかこのふたりが、本当の笑顔になれる日は、来るのか。

願うけれど、それは本当に、届くかどうか。
原作はまだまだ読まずに、続きを待とうと思う。

宮部 みゆき オオイシ ヒロト 『スナーク狩り(1)』(~続刊)
コンテントヘッダー

群ようこ 『かもめ食堂』

かもめ食堂 (幻冬舎文庫 む 2-12)かもめ食堂 (幻冬舎文庫 む 2-12)
(2008/08)
群 ようこ

商品詳細を見る


「華やかな盛り付けじゃなくていい。
素朴でいいから、ちゃんとした食事を食べてもらえるような店を作りたい」


フィンランドはヘルシンキ。
その街なかにひっそりとあるのは「roukala lokki」、「かもめ食堂」。
店には東洋人の女の子がひとりでいて、お客もいないのに日がな一日店にいる。
現地の人からひそかに「こども食堂」とうわさされ、そのくせ誰も入ろうとしない食堂は、けれど38歳の心やさしい店主、サチエが、いつもお客を迎える用意をして待っている。
看板メニューは、おにぎり。
こころを込めてにぎるものは、外国でも通用するはずと思っていたら、おにぎりどころか店に入るお客は、日本オタクの現地人青年、トンミくんひとりという有様。
そのうちひょんなきっかけで日本人女性のミドリ、マサコが店を手伝うことになり・・・・・・。

食堂はいいけどさ、なぜにフィンランドなのさ??って思ったし、たぶん読み始めるひとは同じことを思うんだろうけど、
たいした理由なんてないからそんなことは置いといて。(「どこか外国に行こう」と思った、その経緯は3人いろいろあるにせよ)
読む前から好き本の気配がしてたけど、ほんとにすんごく好きな本だった。
衝動買いも、たまにゃ当たるもんだね(←さりげなく正当化)。

ただ一人のお客は日本オタク(そしてなぜか「ガッチャマン」オタク)のトンミくん、しかも彼はサチエのサービスで出す一杯の無料コーヒーで、日がな一日居座っているという有様。
それでもトンミくんのガッチャマンオタクのおかげでサチエはミドリという友人を作ることができ、
地図で指差すまで存在すら忘れていたような異国でたったひとりだったミドリは、サチエの店をよろこんで手伝うようになる。

ふたりであーでもないこーでもないと言いながら店内を工夫し、やがてお客さんは少しずつ入ってくるうようになるのだけれど、看板メニューのこころを込めてにぎるおにぎりは、まったく売れない。
ミドリは売上向上のためにも、「いっそ現地人向けにアレンジしてみれば」と提案するけど、けっきょくサチエはそのままの「おにぎり」を出し続けることを決めていた。

「だめっていうより。おにぎりって日本人のソウルフードなんですよ。それをここで食べてもらうっていうのも、難しいかもしれないけど、あまりアレンジするのもどうかって思うんです。やっぱりおにぎりは、鮭、おかか、昆布、梅干なんです。日本にいても、どこにいても」

サチエの言葉を頑固、ととることもできるけど、感じたのはすくっ、と音がしそうなくらいまっすぐな想い。その想いの素は、不器用な、武道家の父の思いやり。

そしてこの言葉を聞いて、ミドリは自分の試作品が新たな展開を見ず、これで終了と納得する。
そりゃそうだ、って思う。
たしかに儲けにはならないかもしれないけど、こうまでまっすぐ言われると納得するしかないなんて思う。ちょっと、というか、かなり甘いことかもしれないのだけれど。
もうひとつ、読んでてすんごく気に入って、読んでる途中なのに「あ、この話にはすんごく思い入れが強くなるだろーな」って思わせられたところを載せてみる。それは、こんな文章。

「たしかに店はいつも大繁盛しているわけではない。けれども、店で出しているどんなものであっても、コーヒーであっても紅茶であっても、パンであってもお菓子であっても、それを口にいれた人たちは、必ずまたきてくれている。

「この間食べたシナモンロールがおいしかったから、また来たわよ」
といってくれるおばちゃんがいる。そんなことで満足している自分は、商売人としては失格なのかもしれないが、サチエはそういう小さなことがうれしかった。


実際バイトしてて似たようなことがあったせいか、サチエの気持ちに妙に共感してしまう。
著者の群さんは、いくら想いがあってもそれがうまくいくとは限らないけど、少なくともだれにも伝わらずに終わってしまうと、そんなことにはならないのんじゃないか、とそう信じているんだと思う。
そしてその想いは、それ自体とても素敵な感じがする。

物語の後半で新メンバーのマサヨも加わり、かもめ食堂はだんだんとにぎやかになっていく。
そして終盤、ようやく現地のおばあさんがおにぎり(おかかを「木屑のよう」と思ってるトンミくんのすすめで、頼んだのは鮭のおにぎり)を口にいれることになるのだけれど、その結末ははたして・・・・・・?

現実感があるようなないような、それでいてはっきりとシアワセを感じる物語。
原作よりも映画のほうがさらに良い!というアマゾンレビューもあったので、近々映画も見てみようと思う。
もちろん、ふたりで!w

群ようこ 『かもめ食堂』 幻冬舎文庫
コンテントヘッダー

小川洋子 『ブラフマンの埋葬』

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫 お 80-2)ブラフマンの埋葬 (講談社文庫 お 80-2)
(2007/04/13)
小川 洋子

商品詳細を見る


夏のはじめのある日、ブラフマンが僕の元にやってきた。
朝日はまだ弱々しく、オリーブ林の空には沈みきらない月が残っているような時刻で、
僕以外に目を覚ましたものは誰もいなかった。


芸術家の集う“創作者の家”で管理人として働く僕は、夏のある日、ブラフマンに出会った。

彼はまだ子どもで、体中が小さな引っかき傷だらけで、所々血がにじんでいた。
ブラフマンには胴回りに比べてあきらかに短い四本の脚、首の付け根に申し訳程度に付け足されたような耳に、胴の一・二倍に達する尻尾に、水かきとひげをもっていた。

彼の「ブラフマン」という名前はサンスクリット語で「謎」を意味する言葉で、
“創作者の家”にいる碑文彫刻師が自分の刻んだ作品を指差し、その中から僕が選んだもの。

そんなブラフマンと暮らして愛して、見守り続けたひと夏の物語。

小川洋子さんの作品にしてはめずらしく、
大部分はどこかほのぼのしたような感じすらする、とても落ち着いていて、おだやかな物語。

部屋で飼うことにしたブラフマンに、根気強く僕や芸術家たちに迷惑をかけずに暮らすための決まりごとを教え、食べさせて世話をして、たまに記録をつけて、夜はいっしょに眠る。

一番好きなのは、机の脚を齧ってぼろぼろにしてしまうブラフマンを、僕が叱る場面。
長くなるけど、ちょっと載せてみたいから載せてみる。それはこんな場面なんだけれど。

「そんなものを齧っちゃだめだ」
昔、子供の頃、父さんに叱られた時の口調を真似して叱る。
「それは机だ。齧る物じゃない。物には全部、役割があるんだ。いいか。それは、本を読んだり、手紙を書いたり、物思いに耽ったりする時のために、そこに置いてあるんだ」

やはりブラフマンは目をそらさない。僕が言葉を発する時、目が合っていなければ、その言葉は宙をさ迷ってどこにもたどり着けない、と信じている。

「爪を切ったり、プラモデルを作ったり、昔の写真を眺めたり、誰かのことを思い出したり、涙を流したりするために置いてあるんだ。いいね。齧っちゃだめなんだ」

ブラフマンの目をできるだけ長く見つめていたくて、僕はいつまでも喋っている。


それにしてもくどい叱り方だな、と思ってたら、なんとまあ可愛らしい理由があって、
小川さんのさりげないユーモアとやさしさが一緒くたで、だから好きなんだろうな、この場面。

何もない、けれどたしかな愛情のある毎日。
お互いがお互いを必要としていて、そして守り守られるたしかな絆。

ほとんどその繰り返しで、動きといえばたとえばブラフマンの散歩の範囲だとか、僕の雑貨屋への買出しや、芸術家たちの送迎くらいしか目に付かない。
淡々とした繰り返し。けれどその中にある、おだやかな愛おしさのつまった、おそらくはかけがえのない日常。

けれどその日常は、僕が雑貨屋の娘に関ろうとすることにより少しづつ姿を変え、
結果として最後にはブラフマンの命を絶つ結果となる。

けっきょく「何かの動物であり、どうやら哺乳類らしい」ということだけで、ブラフマンの正体は最後の最後までわからない。

タイトルを見た時点で想像はついていたし、小川洋子さん特有の硬質で淡々とした文章なのだけれど、それでも最後のブラフマンの埋葬の場面は息がつまった。

今まで読んだ小川洋子さんの作品で唯一嫌いな登場人物は、この雑貨屋の娘。
反対に一番好きなのは、じつはこのブラフマンだったりする。

今日みたく、少し涼しい夏の晴れた日に、じっくり読んでいたい物語。

小川洋子 『ブラフマンの埋葬』 講談社文庫
コンテントヘッダー

乙一・大岩ケンヂ 『GOTH』

GOTH (角川コミックス・エース)GOTH (角川コミックス・エース)
(2003/06)
乙一大岩 ケンヂ

商品詳細を見る


殺す人間と 
殺される人間がいる
僕と森野はこういったやるせない話を常に求めていた
この不思議な習性についてはっきりと口にしたわけではないが
お互いそうであることを無言のうちに感じとっていた
 (「Ⅱ 暗黒系」より)

※苦手そうと感じた方は、これ以上読み進めないでください

人の暗部を常に求める、けれどその本性はひたかくしにして生活する男女ふたりの高校生、
「僕」と森野夜。
ふたりは人間の暗部を求めて動き、ときに命の危機にまで晒される。

被害者の手首を切り取って持ち去る、連続猟奇事件の犯人は?(「リストカット事件」)、
夜の拾った殺人ノート。連続猟奇殺人犯の所持品らしいそのノートを元に、ふたりは未発見の被害者を探しにいき・・・(「暗黒系」)、
「だれかを生きたまま埋葬したい」かつて弟のように可愛がっていた少年を生き埋めにして殺害した佐伯の、次なる標的は・・・(「土」)、
森野夜の過去を嗅ぎまわる怪しい影。森野は「僕」を疑い、そしてそのころ、巷の病院跡地では惨殺事件が発生していた・・・(「記憶(前・後偏」)

高校生のころ、原作単行本「GOTH -リストカット事件-」と併せて読了し、
しばらくの間読み返していた本を久しぶりに再読。
(というか、単にブックオフで割引セールしてただけなんですが)

「GOTH」とは原作者・乙一さんの造語で
「殺人事件や拷問の方法など 人の冷たくデリケートな部分を渇望する」人間のこと。

ゴーストは一切でない、そして僕と森野のふたりが関らなければ、だれひとり存在を認知できないような、普通、もしくは善良な市民が隠し持つ、残虐な本性。
原作本はミステリーとして紹介されているけれど、謎解きよりも物語そのものの不気味さが際立つ一冊。

僕と森野が猟奇事件の犯人に接触し危機に陥る前3作に加え、終盤の「記憶」という一話は、森野夜側の視点から物語が進行する。

ただ・・・
彼にはそれでも私とは決して交わらない部分がある

“血”や“肉”が好きな人間と
“断末魔の悲鳴”が好きな人間とは違う
 

同じ“GOTH”の森野すらも感じる、「僕」の“決して交わらない部分”。
 
さらに、謎に包まれ、けれど次第に明るみに出される森野の過去や、常とは異なる主人公「僕」の不可解な行動からも目が離せない。

大岩ケンヂさんの作画も、原作のイメージとぴったりと合っていて、
原作本好きのひとにはおすすめ。

乙一さんの本はあまり読むことがないのだけれど、この本だけは今でも読み返してしまう。
数は少ないけれど残酷描写も含んでいるので、苦手な方は読まないほうが無難。

乙一・大岩ケンヂ 『GOTH 』 (角川コミックス・エース)
コンテントヘッダー

森絵都 『リズム』

リズム (講談社青い鳥文庫)リズム (講談社青い鳥文庫)
(2006/06/15)
森 絵都

商品詳細を見る


考えるだけでゾッとする。
いやだ、いやだ。
変わらないものが、あたしは好き。
風みたいに、空みたいに、月みたいに、
変わらずにいてくれるものが好き。
どこにいても、いつになっても、なにが起こっても、
変わらずにいてくれるもの。
ずっとこのまま・・・・・・。 
(『リズム』より)

中学生になったさゆきは、ロック歌手を目指すいとこの真ちゃんをひとり応援しながら、新しい学校にもともだちにも慣れて「ほっ」としていた。
けれどそんなおだやかな毎日に、何やら不穏な気配が。

「真ちゃんのパパとママ、離婚するかもしれない」

大好きな真ちゃん一家、第二の家とまで慕った一家が、バラバラになる。
危機を感じるさゆきに追い討ちをかけるように、変わらないはずのものが、目の前で変わってゆく。
そうして変化に追いつけず、戸惑い、取り乱すだけのさゆきを、真ちゃんは海へと連れ出して・・・・・・。

「リズム」後のさゆきの物語、「ゴールドフィッシュ」も併録。

おお、青い鳥文庫!
小学生のとき以来だわー!!(たしかユゴーの「ああ無情」だったよな)
なんて懐かしさに浸りつつ、ブックオフで見かけたので即買い。
森絵都さんのデビュー作というのもあるけれど、じつは前からずっと気になっていた本なので。
ま、それはさておき。

読んでるとなんだか、懐かしい気持ちになった。
それはたとえばこんな文章を見つけたとき。

ねぇ、あれは夢だよね。
ひどすぎる悪夢だよね。
でも、もし夢じゃなかったら・・・・・・。
そしたらあたし、このままずっと眠りつづける。
 

変わること、変わらないこと。
どちらかしかないってはっきり信じてたころがあったような気がするけど、今はもう思い出せない。
主人公のさゆきは、今まさにその間にいて、もがきながら懸命に向き合っている。
私もかつてそんなことを思っていたんだろうかと、考えてみても思い出せなかったけれど。
そしてもうひとつ。
揺らぐこと、揺らがないこと。
どんなときでも自分らしく、いれること。
使い古されたような言葉だけど、やっぱりすごく大事だと思う。

「周りの雑音を気にすると、思うように歌えなくなる」というのは、
ロック歌手を目指す「真ちゃん」の言葉。
そのこともよくわかってるつもりなのだけれど、けれど「思うように歌うこと」はむずかしく。

さゆきよりずいぶんと年上なのに、ぜんぜん変わらない自分に気づきながら、
けれど淡々と読みすすめてると、こんな言葉にぶつかった。

「そう、さゆきだけのリズム。それを大切にしてれば、まわりがどんなに変わっても、さゆきはさゆきのままでいられるかもしれない。」

「あたしは、あたしのままで・・・・・・」
「いられるよ、きっと。」 


私は周りからは「マイペースだ」って見られることが多いけど、それでもやっぱり揺らぐことは多くて、それでときどきくらりとする。
信念、決意、揺るがないもの。
そんなものを持てるのならば持ちたいけれど、けれど私はまだそこまで強くはない。

とってもシンプルで、いっそ「簡単」といってもいいくらいの何気ない言葉だけど、なんだかそんな思いを、ひょいと掬い上げられた気がした。
それで何が変わるとか変わらないとか、そんなことは別にして。

変化や周りがこわいのは、やっぱり中学生のさゆきに限ったことでない。
「変化に対応できないのは幼いこと」なんて、白状してしまうとそんなふうにも思っていた時期もあったけれど、やっぱり私はそんなふうにはなれてない。(それがいいかわるいか、というのも、また別の話なのだろうけど)

続く「ゴールド・フィッシュ」は、学年も上がり年数も経ち、一気に現実の色が濃く、息苦しくなってくるさゆきたちの物語。

ここでも変化は容赦なく訪れ、そして変化に戸惑い、もがくひとたちがいる。

大人でも子どもでも、必要ならばたくさんのひとに読んでほしいなと思う、そんな1冊。
即効性なんてなくても、ずっと覚えておける言葉が、見つかるかもしんない。

森絵都 『リズム』 講談社 青い鳥文庫
コンテントヘッダー

お知らせ。

いつもブログを読んでくださるみなさま(いないとかゆーな)、本当にありがとうございます!
というわけでどうもこんにちわ、月見です。

早速ですが、ここの過去記事の画像が、かなりの数消えてしまっていて。
なんていうか、見心地がわるくてすごく気になっていたのですが、ほったらかしにしてました。

今日、それを直しました。
明日でちょうどブログ初めて半年目なので、自分のためにも、読んでくださってるひとのためにも、しっかりしておかねばと。
遅くなってすみません。(礼)

前よりかなり見やすくなった(というかフツーの状態に戻っただけですが)ので、
過去記事をまた読み返す、というのもOK。
その際拍手、コメント、トラバなどしていただければ、歓喜の涙を流して喜びます(半分マジ)

ではでは、こんなやつですが、これからもこころからの感想文を書きますので
どうぞよろしくお願いします(^^)

それではまた、お立ち寄りくださいませ。
コンテントヘッダー

高楼方子 『十一月の扉』

十一月の扉 (新潮文庫)十一月の扉 (新潮文庫)
(2006/10)
高楼 方子

商品詳細を見る


(じゅういちがつそう・・・・・・?)
字余りのような、変な名前だと思った。それなのに爽子は、その名が、たちまち、すてきに思えた。
白いその家は、十一月の冷気の中で静かな息をしているように見えたし、十一月になったばかりの日に、ここをめざしてやってきた自分とも、何かつながりがあるように思えた。
 (1章より)

中学二年の十一月。
親の都合で突然の転校が決まった爽子は、偶然見つけた不思議な赤レンガの家「十一月荘」に強く惹かれ、ひとり下宿することになる。
元英語教師で、管理人の閑(のどか)さんはじめ、建築家の苑子(そのこ)さん、主婦の馥子(ふくこ)さんと、娘のるみちゃん。
やすらかに流れる暮らしの中で、やがて爽子は自分だけの物語を、一冊のノートに綴り始める。
それはここ、十一月荘での生活を真似た、「ドードー森の物語」。
十一月荘のように安らかな物語を綴りながら、すこやかに暮らす毎日。
けれど閑さんのもとへ時折英語を習いに来る中学三年の耿介(こうすけ)のことが、爽子はだんだん気になりだして・・・。

赤レンガの家、しかも「十一月荘」なんてヘンテコな名前のついた家の中で、4人の女性と過ごす数週間。純粋に小説、というより童話風な物語という感じ。

一見いけすかない耿介との関係だとか、離れて暮らして気づく母親への反感だとか。
それなりの不穏な感情を抱えながらも、毎日を楽しんで暮らし、いとおしんで綴る。

魅力的な4人の女性たちとの暮らしは、そのまま動物のぬいぐるみたち(十一月荘の住人ひとりひとりに、動物のぬいぐるみを重ねている)に託され、爽子の描く「ドードー森の物語」の中で活き活きとかがやく。

400ページちょっとと長めで、物語の外から見れば、とりたてて大きな出来事があるわけでもない。
だから退屈だって思いそうなんだけど、不思議とすんなり読み終えてしまい、そして今回再読。

「甘ったるい。現実的でない」なんて声もあって、たしかにそんな気もするのだけれど、私はけっこう気に入ってる。
私の好きな「暮らし、生活」というテーマが大きいというのもあるんだろうけど・・・と考えながら読んでると、ああこれだ!という文章を見つけた。
長いけれど、載せてみる。

―――十一月荘は、爽子にとって、双眼鏡の中にふっと立ちあらわれたという始まりからして、どこか非現実的な空間だった。住人たちも、全体に生活感がなく、さらりとしていた。
けれどその人たちが、爽子の目にとまった瞬間に忽然と湧いて出たわけではない以上、それぞれの背景にいろんなことを抱えていて当然なのだった。
それを知ったことで、がっかりすることがあるかというと、一つもなかった。
ここの人たちは、本当にみな気持ちがいい。みな、好きなように、でもお互いに少しばかり気をつかいながら、一日ずつを丁寧に生きているのではないだろうか、そんな気がした。
 (14章より)

ひととひとの関係って簡単にねじれて、壊れて、ときになくなってしまったりもする。

著者の高楼さんの書いた十一月荘の物語からは、きっとそのことを知りながら、だから丁寧に、懸命に生きているひとたちの姿が見えてくる。

物語自体は現実味に欠けるかもしれないけれど、爽子に限らずだれしも不安はある。(だからといって、けして一緒くたにできるものではないけれど)

(だいじょうぶ。きっとうまくやっていける)

本編中。
そこにいるみんなの手で丁寧につくられてゆく暮らしの中で、爽子はまだ見ぬ未来に、だんだんと希望を見出していく。
それは十一月荘最後の日も変わらず、そしてそれからもなくなりはしない・・・。

こころの中に、すうっと寄り添う物語。
爽子の愛した毎日を、現実と空想、ダブルの世界で感じ取れる。

十一月にはいいことがある、なんて思って、続く毎日を暮らしてゆける。
爽子じゃないけど、知らずそんな気になる。

ただ表紙と挿絵だけは、たしかに単行本のままにしてほしかったなと、それだけ不満に思う。

高楼方子 『十一月の扉』 新潮文庫
コンテントヘッダー

高野秀行 『ワセダ三畳青春記』

ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)ワセダ三畳青春記 (集英社文庫)
(2003/10)
高野 秀行

商品詳細を見る


私が野々村荘に入居したのは一九八九年の初夏であるが、「野々村荘物語」が始まったのはその約半年前のことだ。それには宇宙人が絡んでいる。 (「UFO基地探検と入居」より)

この突拍子のない出だし、おお、やっぱり高野さんだなー!って、なんかほっとする。

三畳一間で家賃、月一万二千円。

あきらめの良いワセダ大学生だった高野さんは、あきらめの悪い親(つまり、いいかげんさっさと卒業してほしいと願う親)から逃れるため、たまたま空きの出た古アパート、
野々村荘に入居することに。
けれどそこにいたのは、浮世離れした大家のおばちゃんと、奇人変人の住民の皆さん。

通称“辺境ライター”高野秀行さんの、一九八九年から二千年までの11年間。
野々村荘で過ごした、超ヘンテコで、クレバーに見えてじつはかなりお馬鹿な青春記。

笑わずして読めない本といえば、文句なしにこの本。
長い長い、11年間ものモラトリアム期間をフル活用してしたことといえば、怪獣探し、幻覚植物で意識不明、流しの三味線引き修行、占い師デビュー計画と、もうどこからつっ込んでいいのかわかんないくらい。

でももっとおもしろいのは、なんといっても野々村荘に住む、奇人変人の面々と、彼らの起こす奇想天外、摩訶不思議な珍騒動の数々。

大学時代にコンゴの奥地に棲むという怪獣ムベンベを探しに行った(「幻獣ムベンベを追え」集英社文庫)という高野さんからして
もう完全に奇人変人なんだけど、その高野さんが一番まともに見えてくるよーな気すらする。
個人的に一番おもしろかったのは、

十一年間同じスリッパを履き続け、生活費は当たり前として、流れる時間すらもどこまでもケチり共用の台所でくさい飯を煮る超どケチ男“守銭奴”。
「社会常識のないやつは嫌い」「神経質なやつは嫌い」といいながら、その言葉が全て自分に当てはまるのにまったく気づかない、司法試験連敗中の熱血おじさん、ゲンゾウさん。(←弁護士を目指しているのに人の話をまったく聞かないという強者。ある意味すげえ)

このふたり。
本編中には早稲田大学探検部の超個性派メンバーも何人も登場するのに、やっぱりこのふたりには到底かなわない。
あと、なぜだか大根を切るのが異常に上手い、大家さんのおばちゃんのロックシンガーの絶叫息子も。

大家は浮世離れしており、住人は常軌を逸した人ばかりで、また私の部屋に出入りする人間も奇人変人の類がマジョリティを形成していた (「はじめに」より)

あの高野さんが、なにせミャンマーでマフィアのアヘン栽培に参加して自分までアヘン中毒になるような変人高野さん(「アヘン王国潜入期」集英社文庫)が言うんだから、よっぽどのひとだと思えば、実際そのとおりで。

繰り返しになるけど、こんなに笑える本を他に知りません。

とはいえ、そんな野々村荘での暮らしだって、いつまでも変わらないままというわけにはいかない。
あまりに慣れ親しみすぎ、ノノコン(野々村コンプレックス)にまで成り果てた高野さんが、ついに野々村荘を後にする日が来る。

「青春記」の終わりは、「心に半ズボンはいた」高野秀行という一人の男の「成長記」の一区切りでもある。同時に、また人生の新たな章のはじまりでもある。 (吉田伸子 解説より)

大笑いした後で、歩き出す若かりし高野さんの姿が浮かんできて、なんだかじわっとしてしまう。
旅立ちの理由はけっこー月並みだけど、それでもなんだかやられてしまう。

男でも女でも、若くても老人でも、だれにでもオススメできる一冊。
何度再読しても、それはぜんぜん変わらない。

とにかく大好きな本。
オススメです。

高野秀行 『ワセダ三畳青春記』 集英社文庫
コンテントヘッダー

山名沢湖  『レモネードBOOKS (1)』(~3巻・完結)

レモネードBOOKS 1 (1) (バンブー・コミックス)レモネードBOOKS 1 (1) (バンブー・コミックス)
(2006/01/27)
山名 沢湖

商品詳細を見る


ここにいるのに ここにいないのは 恋する人の心
ここにいるのに ここにいないのは 本を読む人の心


入学したての大学で森沢可奈は失くしていた思い出の本と再会する。
それは好きだった高校の先輩にもらった思い出の本で、それを拾ってくれたのは同じクラスの岩田くん。
おだやかでかなりの本好きの彼に次第にこころひかれてく可奈。
そしてクールか天然かはっきりしない岩田くんも、じつは可奈にこころひかれてて・・・。

本に恋して、あなたに恋する。
普通の女の子とかなりの読書オタクな彼の、ピュアラブストーリー。

おお、久々の大ヒット!!
ここのところ暑くて暑くて本どころかマンガも満足に読めなく
なんかほのぼのしててさわやかな話はないものかと探してて、タイトルだけみて衝動買い。
したらなんとまあ、大当たり!!

恋愛もののマンガってあんまり好きじゃないんだけど、
これはホントにのんびーりと読めて好き。
このいつでも本を間にはさんでるよーな、ちょっとおかしな雰囲気が好きだなー。

んで、だんだん可奈が本オタクの岩田くんが好きになる、その感じがまた好き。
だんだんとそのひとをまるごと好きになるっていう、その感じがホントによくわかる!

好きになったよ ちょっとだけね

本の中の姫への恋心を語ったり、古本市で仕入れた本を両手にデートに現れたり。
岩田くんのあまりの本オタクぶりに、大丈夫か?なんて傍から見てたら思うけど、やっぱり大丈夫だわ、このふたり。

のんびりまったり。
でもとびきりのシアワセを、たっぷり分けてもらえる物語。

大好きだから、大好きなひとに読んでほしくなる。
そんな本。

それにしても。

可奈の友人(本好き)が「岩田くんがどんなひとか見極める!」と岩田くんと本好き問答をするシーンがあって、もんのすげーうけた。

大切な人が大切な人を認めてくれるのは
素敵なことだなって思った


だれかを大事な想う気持ちは、きっとシアワセに一番近い。

山名沢湖  『レモネードBOOKS (1)』 竹書房 バンブーコミックス
プロフィール

小津りゆ

Author:小津りゆ
3年ぶりぐらいですが、ログイン。夢だった資格をとってそれなりの仕事始まったはいいものの、現実にどっしん追突し、車体ボロボロ、エンジンぷすんぷすん状態です(なにそれ)。仕事の本ばっかりで、めっきり小説を読む時間が減。もしかしたら引っ越しして続編するかもです。

※since 2008.2.17

※オリジナル物語サイト、始めました。『ことあら』(リンク欄からどうぞ)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

フリーエリア
フリーエリア
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。