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大島真寿美 『ほどけるとける』

ほどけるとけるほどけるとける
(2006/07)
大島 真寿美

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こんな平和な気持ちでずっといられたらいいのに。
いられたらいいけど、いられやしないのはわかってる。
だけど、ほんとうに、そうできたらいいのに。
 (「3 女ともだち」より)

18歳の美和は、高校を中退してから1年弱の、それまでの「腰の据わらない生活」をやめ、2ヶ月前から祖父の運営する銭湯「大和湯」でアルバイトに励む日々。
高校を辞めたらなんとかなる、辞めれば何かが変わると思ってみたら、それどころかはっぽうふさがり。何もやりたいこともないし、周囲の女子仲間ともとうとうなじめない。
銭湯にやってくるお客、意地の悪いおばさん連中に、単独行動派の、漫画家の佐紀さん。
編集者の君津くんに、タオル業者のフジリネンのおじさん、むかし付き合った、高校時代の男子に、
人生で必要なものはすべてRPGで学べると豪語する、サボり魔の中坊の弟。

がちがちに凝り固まったこころもからだもゆっくりほぐす、くんずほぐす。ほどける、とける。
ゆらゆら、ゆるゆるしてて、どっぷり浸かって一息入れて。
銭湯のお湯のように、湯気のように。身体にこころに染み入る物語。

平和な気持ちになりたいと高校を辞めた美和だったけれど、
辞めたら辞めたで何にも先は見えなくて、場所を変えても相変わらず嫌な人間はうじゃうじゃいて、
こころは忙しくはないけれど、平和ではぜんぜんない。
いつもぼんやり、やすめずに怠惰。

そんな毎日の繰り返しの中で、起こる瑣末なできごとのあれこれ。
仕事、回想、出会い、愛情、説教、トラブル、その他もろもろえんどもあ。
その繰り返しの毎日にちょいとスパイスが効くのが、RPGを通して人生の道を姉に説く、
弟くんの存在だったりする。(←名セリフ、多々有り)

慣れきった日常の中の瑣末なあれこれとその繰り返しの中で
それでも美和はある日をふいに何かを見つけてしまう。
平和な気持ちになりたいと願って、でもそのときには見えなかった、将来の夢。

明確にこの日これがきっかけで!ということはなく、
それはもうのんびりと、けれど唐突で、美和の芯に後先もしっかりと根付くだろう希望。
そっと顔を出して、ふっと気がつく、そんな希望。
怠惰でいて奔放なような美和のキャラクターをそっと見守るような、
大島さんのやさしい視点がめちゃくちゃ好きだな、この本。
こんなふうに見守ってもらって、ちゃんと前に踏み出せるのはとても素敵なことだ。

そしてもうひとつ、美和のように、愛してもらって大切に想ってもらえて生きていける時間があったのも
、終わってしまってもそれも本当に素敵なことだと思う。

どこにでもいそうな女の子にくれた、どこにでもいそうな人からの「小さな自信」。
じつは自信をくれた当の本人のほうが凹んでるってのが笑えっちまう話だけど、
それを糧にして前進することも、こんなに上手にすくって描いてくれた物語もそうそうない。

ちょいと泣きたくなるくらい、ほっこりこころにやさしい物語。
いろんな想いのつまった、ほんとうに素敵な物語。

オススメです。

大島真寿美 『ほどけるとける』 角川書店(単行本)
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栗田有起 『お縫い子テルミー』

お縫い子テルミー (集英社文庫)お縫い子テルミー (集英社文庫)
(2006/06)
栗田 有起

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「どうしてシナイちゃんは歌を歌うの?」
「どうしてテルミーは服を縫うの?」
「運命だから」
「そのとおり」
 (「お縫い子テルミー」より)

久々に読み返した「テルミー」。
栗田有起さん作品にはまることになった、きっかけの1冊。
2編収録の短編集。

お縫い子テルミー・・・
わたしの名前は鈴木照美。
名刺には『一針入魂 お縫い子テルミー』と印刷してある。ミシンは使わない。
正真正銘の、お縫い子だ。

依頼主の家に住み込み、依頼どおり絶品の服を仕立ててすぐに去る、「流しのお縫い子」テルミー。
生まれ故郷の島を15歳で去り、目指した歌舞伎町。流しのかたわら勤めていた水商売。そこで知り合った、女装の歌手、シナイちゃん。歌に恋するシナイちゃんに、かなわぬ恋するお縫い子テルミー。
「叶わぬ恋とともに生きる、自由な魂」の行方は・・・?

ほんとに格好いいんだこれが。なんたってプロのお縫い子、その名もテルミー。
16歳にして人並みはずれたプロ意識に仕立ての技術を持つ彼女と、歌に命をかけて恋する歌手、シナイちゃん。
どちらの生き方も、もうどうしようもなく格好いい。(私事だけど、これ読んでると必ず天野月子を思い出す)
けれどお互い、けして叶うことのない恋に命がけで挑んでいる身。
ひとりとひとりは、けして結ばれることはない。
最後にけっきょくテルミーは流れていくのだけれど、そのラストシーンが最高に素敵なのだ。
読んでみなきゃわからない。これはもう、自分で読んで確かめて。

ABARE・DAICO・・・
たしかにぼくはオッチンを意識しすぎている。ばかみたいだとわれながら思う。
けど一度でいいから、「小松、すげえ」というだれかのつぶやきを、聞いてみたい。
「水尾はさすがにすげえなあ」ではなく、それはもうじゅうぶんだから、
ほんと、一度だけでもいいから「小松、すげえ」って。

まくらに染みができている。花粉症だ。
優等生で人気者の水尾和良くん、通称オッチンは、小学校の同級生。
それに対して主人公、小松誠二くんは、小学5年生なのだけ同じで、オッチンには遠く及ばない。
だから小松くんは考えた。そういえばちょうど体操服をなくしてしまった。
新しい体操服を買うようなお金はたぶん家にない。だったら、自分でアルバイトして、体操服を買おう!と。

そういうわけで。
「留守番やります!!!1時間100円 夏休みの間だけだけど、お母さんをたすけたいんだす」 こんなヘンテコな掲示で、ヘンテコなおじさんからバイトの依頼を受け、働くことになった小松くん。

しかしまあ、なんとも健気で、なんともまあ、とぼけた話。
でもさ、つかみどころのない2匹のネコがいて、部屋にはビデオが四方壁までつんであって、
「絶対に開けるな」と言われた開かずの間には、とんでもないぶつが隠してあり・・・。
こんなバイトってどうよ?つーか小学生でバイトってあんた!(めずらしくツッコミ)

しっかりしてんだかぼやぼやしてんだかわからない、小松くんのキャラも物語にすごくマッチしてて、これまたとぼけてすんごくいい味わい。

読んでこんなに楽しかったあ!っていえる本はじつは意外と少ない。
ただ、ピンポン×××だけはホントカンベンしてほしい・・・。

楽しさと自由と、届かないものとひとりで生き抜くこと。
たった2編の物語に凝縮された極上エッセンス。
一度味わったらきっとくせになる。
栗田有起さんは、ホントにすごいなと思う。

なんせ感想文書いてるだけで、こんなに元気が出てくるんだから。

栗田有起 『お縫い子テルミー』 集英社文庫
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深沢かすみ 『軌道春秋(1)』(~続刊)

軌道春秋 1 (1) (YOUコミックス)軌道春秋 1 (1) (YOUコミックス)
(2000/07)
深沢 かすみ

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「ホント 何が楽しくて生きてるんだろう」 

父親の本棚から久々にあさって読んで、これ幸いと拝借。
全10章の物語の入った、短編集マンガ。
「軌道春秋」というタイトルからわかかるように、電車(鉄道?区別がわからない。。)がどの物語でも、
なくてはならない舞台。
そこで織り成す、人間ドラマとは言いすぎだけど、でも人間味たっぷりの10の物語。

父の願うこと・・・
レールのそばで、二度と触れることのできない娘の未来を気遣う父。
娘の傍らには父、父の傍らには娘がいつもいる。亡きものは、無い者ではけしてない。
だけどやっぱり、死んだらなににも触れない。そして、二度と会えない。

「弁当ふたつ」・・・
真面目なだけがとりえの夫が、リストラされていたことを知った妻。出社する夫の後をつけてみるけれど・・・。
いつ起きるともしれない話。支えることがどんなに救いになるかは、たぶんそのひとにしかわからない。

「祖母の待つもの」・・・
アルツハイマーの祖母の世話をするために一家で田舎に移ってきた。日中の祖母の世話をする浪人生女子は、けれど祖母のことがどうしても好きになれずに・・・。
鬱屈してるけど、すっと軽くなる瞬間。人の中で生きている思い出の力はときにとっておきなのだ。

「車窓家族」・・・
都心から郊外への急行電車。その信号待ちの場所。そこにある古びたアパートの、老夫婦。停車する電車の窓から丸見えのふたりのおだやかな生活は、電車に乗るひとたちのこころも和ませていたのだけれど・・・。
実際こんな場面に遭遇したい!と本気で思う。他人事なんだけど、幸せってのはおすそ分けされるものでもあるでしょう?

「途中下車」・・・
かつていじめにあっていた女の子が、今日新しい学校へ。ひとりで行きたいからと電車に乗ったけれど、抑えきれない記憶がどうしてもそれ以上進むことを拒んでしまい・・・。
似たような記憶があるからちょいと感情移入。途中下車なんて言葉知ったのは、つい最近のこと。

「お帰りなさい」・・・
昭和四十四年。出稼ぎに行っているお父さんがもうすぐ帰ってくる!父親の帰りをこころ待ちする小学生の兄妹が、ふたり留守番をする文具店。そこにずるがしこい大人の手が忍び寄り・・・。
いるいる!こんな最低人間。と憤慨しつつ、健気な小さな兄貴にちょいと感動。

「駅の名は夜明け」・・・
介護保険、介護サービス。「年よりは 死んでください 国のため」 
最後まで質素に生きることすら困難になった老夫婦。夫は難病と、痴呆の進んだ妻といっしょに、人生最後の駅を目指し・・・。
現実ではこういかなかったひとだってたくさんいるのだろう。なにもこの老夫婦に限らず、ひとりでも、こんな道を辿ってくれたら。

「ふるさと銀河線」・・・
北海道ちほく高原鉄道、通称「ふるさと銀河線」。
ここから離れようとする友人と、ふるさとを愛する運転手の兄。中学生の星子は、演劇という自分の夢を持ちながらも、ふるさとから遠く離れた高校に進むことをためらって・・・。
遠くのふるさとが、そのまま遠くに行ってしまうわけじゃない。離れてても、ずっと自分に寄り添ってくれる、そんな存在だと気づければ。

「手つかずの季節」・・・
晴菜・響子・知沙。38歳の仲良し三人組は、晴菜の引っ越しの最中に偶然見つけた中学三年生の修学旅行の栞をもとに、「修学旅行のやり直し」を計画。目的地は、萩・津和野!

元気な3人組だけど、3人今までいろいろ抱えてきて、今でもたぶん荷軽!ってっわけじゃない。
手付かずのものはときを思うとげんなりともするけど、しっかり手をつけて先に、
見えない先へとつなげていきたい。そうすれば、たぶんだけど、何か。何かあるような気がする。
楽観論でもなんでもいい。そう信じれるのは、たぶん強さ。

「ひとり咲き」・・・
かつて村の中心で、人々とともに過ごしていた一本の桜。村はダム建設を理由に廃村となり、けれど工事は行われず。それでもけっきょく、だれもあの村には戻れなかった。
かつて村の子だった女性が目指すのは、もうだれも、けして愛でてくれることのない花。
愛でてくれるからこそ花も咲く。だれも愛でてくれないのなら、もういっそ・・・。

だれも見てくれるひとなどいない。けれど花は咲く。
当たり前のことなのだけど、最後にぐっとくるようなラストシーン。
人間と花ではちがうけど、こんなラストがいけないなんて、いったいだれがいえるものか。

たしか高校のころに初めて読んだ本。
生きることなんてたいそうなテーマだとか教訓だとか。
んなもん一切押し付けないし、そんなものがどっかに存在するようでしない、ようなこの物語たちが好きで、何度か読み返した記憶がある。

まあ、たしかに地味本。けど、隠れた名作。オススメです。

深沢かすみ 『軌道春秋(1)』 YOUコミックス
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加納朋子 『魔法飛行』

魔法飛行 (創元推理文庫)魔法飛行 (創元推理文庫)
(2000/02)
加納 朋子

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私の最初の作品は、幾つも名前を持っている女の子の物語です。(どうです、ちょっと興味を惹かれるでしょう?)

前作、『ななつのこ』の続編。
短大1年生の入江駒子が書き付けた、日常の不思議な出来事。
いくつも名前を持った女の子、交差点の幽霊、双子のテレパシー。
それを手紙でなく小説に書いて送ると、おなじみ瀬尾さんからの感想文と、
駒子の感じた「?」に対する答えが返ってきて・・・!

という物語の構成はそのまま。
けれど今回は、瀬尾さんの感想文に続き、何者からかの奇妙な手紙が挿入されている。
駒子の書く物語を知っていて、日常を失い、逃走の日々に追われている、謎の人物。
途中から徐々に浮かび上がり、明らかになる事実たちが、だんだんと不穏な空気をかもし出してくる。

日常の不思議を描いたミステリーの前作と、
日常のどこかに潜む、非日常のミステリー。
ぽかぽかとした日常と、非日常の薄気味悪さもかね揃えた、今回は前よりさらに先が気になる物語。

そして前作、ななつのこの主人公、駒子のこころ根は、だんだんと変わり始めてくる。
甘くゆるやかすぎるくらいの日常の中でそれでもどこかで不安と不穏にたたずんで、
それでも4つの(そして、それが実は1つの)物語を越えて、駒子のこころはゆるやかに変化する。

「人間はもともと、自分たちで考えているよりは、ずっと強いものさ。風邪くらいはひくかもしれないけどね」
そしてときに信じられないほど、弱くもなる。それが人間だ、という気がした。


どうしようもなく弱くなる瞬間。
物語の終盤で、駒子と瀬尾さんは、ある一つの命を救うために奔走する。
間に合うか間に合わないかの瀬戸際。
走りきった駒子が、その先に見つけたもの。

先に限らず、見えないものはなんだって不安になる。
やや甘い味の結末だけれど、こんな物語もあっていい。

というか、「魔法」を完全に否定する人間に、
未来なんかがあるような気がしない。
空を見上げない人間もまた、然り。

それにしても続編「スペース」が文庫になるのは、いったいいつのことなのやら。
かなり楽しみに待っているのだけれど。

加納朋子 『魔法飛行』 創元推理文庫
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野中柊 『参加型猫』

参加型猫 (角川文庫)参加型猫 (角川文庫)
(2006/09/22)
野中 柊

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のらくらとしているように見えて、いつも日向の真ん中にいようとする。
そんなチビコの姿を見るにつけ、勘吉は、猫ってやつは偉い動物だなあ、と感じ入る。
そして、自分も光の方向へ、温かな心地よい場所へ転がっていこう、と思うのだ。

(「ペンギン猫、もしくはバットマン」より)

勘吉と沙可奈。この若い夫婦は、奔放な妻、沙可奈の拾った捨て猫5匹がきっかけで知り合い、
結婚し、目下沙可奈の愛猫、チビコとともに、引っ越し作業の真っ最中。
できれば愛想がよくて体力のある好青年の引っ越し屋さんが来てほしい、という勘吉の願いに反し、
やってきたのは見るからにガラの悪そうな、バリバリヤンキー風の三人組で―――(「ペンギン猫、もしくはバットマン」)。

他、引っ越し作業にあたる数日間を過ごす夫婦の、ほんとーに平坦な日常の、
さらにそのひとコマずつを切り取った、のんびりゆったりな短編集。
暖かい日差しの指す部屋なんかでソファーに座って読もうものなら、
それこそものの5分で眠り込んでしまいそうなスローペース本。

勘吉、沙可奈、チビコ。
少しばかり小心者だけど心優しい夫と、奔放で軽やかで、変わった名前の妻と、
そんなふたりの生活に積極的に参加する猫。

住みやすい空間を目指して引っ越すのはいいけれど、なんともまあ、
引っ越しというのはどうにも大変で、お金もそうだけど手間だってうんとかかる(経験はないけど)。

住民に見つからないように(ペット禁止)チビコを連れて、6階の部屋までダッシュ(エレベーターなし)
したり、近所の変人シェフの店の、ヘンテコな名前のスパゲティーを食べたり、1階の焼肉屋の、気難しげな爺のもとへ挨拶にいったり、そして部屋につまれたダンボールの山を見て、うんざりしたり。

しごく平凡で雑多なことをするすると重ねて、そんな中で日常のさらにひとコマを生きてる2人と1匹。
この1冊の本に描かれてるのは、ほんとうに、ただ、それだけのこと。
シンプルで平凡で、そしてはてしないくらいスローリー。

でもスローな中に、印象的なのは、どっかで繰り返して、この日常の終わりを思ってること。
みんな当然知ってることだけど、この物語はそれをもう知ってる、というより、わかってる、気がする。

終わることと変わることが同義かどうかわからないけど、
いつまでもどこまでも続く生活、暮らし、時間なんて、ない。
だからこそ、日常の中のさらにひとコマ、ここでは引っ越しの数日間。

ささいな時間を、綴っておく。
そこからなにが言える、なんてこと、あいにく解説者さんみたくうまく考えられないけれど。

なんとなく、好きになってしまったらしい本。
そんなふうになんとなく、どうやら好きにさせてしまう可愛らしさを持った1冊。
購入する際には、できれば立ち読みしてみたほうがいいかもしんない。
相性が合うようなら、たぶんなんとなくでも、自分でそうとわかるだろうから。

雨の土曜は、のんびり読書にうってつけ。
さて、次は何を読もうか。

野中柊 『参加型猫』 角川文庫
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小川洋子 『密やかな結晶』

密やかな結晶 (講談社文庫)密やかな結晶 (講談社文庫)
(1999/08)
小川 洋子

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「いずれにしても、消えてしまうんですね。どこにもたどり着けずに」

日常にいつも棲んでいるものが、ある朝突然、島から、そして島に暮らす人々の記憶から“消滅”してしまう。
人々はそんな島の生活に順応し、そんな中で、わたしは島ではほとんどだれも読まない小説を、それも何かを失くす小説ばかりを書き続け、生活している。
この島では、“消滅”に抗うこと、そして抗う存在はけして許されない。
“消滅”に伴い記憶を失わない者は、秘密警察により連行され、二度と戻ってくることはない。
ある日わたしの小説を一番に読んでくれる編集者、R氏が記憶を失わない人間であることを知ったわたしは、古くからの知り合いのおじいさんと共に、なんとかR氏を秘密警察から匿おうとするが・・・・・・。

大げさにいうと、今までに一度も出会ったことのない、
静かで濃密で危険な、独特の世界観。

昨日まで当たり前に存在していた“バラ”や“鳥”に“木の実”、“写真”や“ラムネ”に“香水”が、
朝になると“消滅”により、記憶から永遠に奪われてしまう。
たとえば目前で“香水”を嗅いでも「何かの匂い」、「何かの気配」しか感じることはできず、思い出の“写真”を見ても「ただのつるつるした一枚の紙」としか認知できない・・・。
“消滅”に見舞われたそれらのものたちは、不要とみなされ、その日のうちに人々に一つ残らず処分される。

そんなわたしの記憶の空洞。
“消滅”のたびに増えていく空洞を食い止めようと、R氏は懸命になる。
けれど“消滅”の影響を受けないR氏と、わたしのこころの溝は決定的で、
それはおそらくは永遠に直行することはない。

そうする間にも、秘密警察の取り締まりは日に日に厳しさを増し、
“消滅”の対象もどんどん幅を広げていく。
書き続けてきた“小説”、時間を記録する“カレンダー”、そして・・・・・・。

物語から連想するのは、否応なく「死」そのもの。
ここではそれは「死」でなく「消滅」なのだけれど、いずれにしても、それは何かを失くすこと。
当たり前に傍らにあったものが、もうどこを探しても、二度と見つけることはできない・・・。

考えてみれば、そんなことは特別なことでもなんでもない。
けれど「ありふれたこと」と、割り切ることもけしてできないこと。

“ある”こと、“ない”こと。
当たり前の両極の事象を、究極的につきつめた物語。

私は「日常」という言葉を好んで使うけれど、
その日常は、たくさんの存在があって初めて成り立つもの。
いつ消えるともしれない、たくさんのもので。

危険で愛おしく、一度読めば忘れることなどできないはずの物語。
今知ったなら、必ずって言いたいくらいに読んでほしい本。

小川洋子 『密やかな結晶』 講談社文庫
プロフィール

小津りゆ

Author:小津りゆ
3年ぶりぐらいですが、ログイン。夢だった資格をとってそれなりの仕事始まったはいいものの、現実にどっしん追突し、車体ボロボロ、エンジンぷすんぷすん状態です(なにそれ)。仕事の本ばっかりで、めっきり小説を読む時間が減。もしかしたら引っ越しして続編するかもです。

※since 2008.2.17

※オリジナル物語サイト、始めました。『ことあら』(リンク欄からどうぞ)

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