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有吉玉青 『キャベツの新生活』

キャベツの新生活 (講談社文庫)キャベツの新生活 (講談社文庫)
(2005/10)
有吉 玉青

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「つまりね、運命の人と言っても、その人と結ばれるとは限らないんだ」

帰ってみたら・・・・・・住んでいたアパートが、ない。
出張から帰った勝部拓也が目にしたのは、そんな冗談みたいな現実。
どうやら爆発事故で吹っ飛んだらしい(!)アパートの代わりに偶然見つけた倉庫街のアパートで、
0からの新生活をスタートする拓也。
幼馴染で恋人の夏帆とも別れ、始まった、何もない、ゼロからの生活。
ある日コンビニで買ってしまい忘れた爪きりを届けに、店員の「キウイ」という
不思議な女の子が訪ねてきてから、拓也の新生活は少しずつ動き出す。
キウイは拓也を「キャベツ」と呼び、キャベツは彼女を「キウイ」と呼ぶ。
恋人でもない、友人ではある、不思議なふたりの半共同生活が始まって・・・・・・。
“愛し方を忘れた恋人たちが織りなす、ちょっとせつない恋愛小説”

またお前はキャベツかよ!どんだけキャベツ好きなんだ!!(前々回の記事参照)とか、
そんな一人ツッコミは置いといて。

なぜだか最近理由もなく凹んだりイラつくことが多く、
そんな中で今年最後に読むのに選んだ、じつはこれも今回2度目の再読本。
恋人のような、でも恋人でない二人の、切なく、ときに苦しい生活の記憶。

もちろん読んでて切ない恋愛小説ではあるんだけど、読んでるとキャベツもキウイも、
すんごくいろんなことに直面して(人を愛すること、自分が消えてしまうことについて)。
それが遠くもない身近で見覚え聞き覚えのある感覚ばかりだから、
本気で体当たりしたり、あるいはされてるように、
いつのまにか本気になって物語の中に入り込んでしまう。
(おまけにこの物語の本当の切なさも救いも、終盤にしかわかりはしない)

たとえばだけれど、「自分は運命の人と出会うために生きている」と思ってて、
その「運命のひと」と臆面なく信じれるようなひとに会えたとして、
けれどそのひととは絶対に結ばれることはない(結ばれる気すら、向こうにはない)
という絶望に直面してしまうこと。

生きる場所が最初からなくて、それでも何とか生きてきて、けれどそれが無様で恥ずかしいから
痕跡消してきたけれど、それで自分がいなくなれば、もう何も残らないこと。

残ることの意味、生きることの意味、そんなもの、はじめからないのかもしれない。
けれどそれは、けして人が残らないということには、ならないということ。

「キウイのいたことは、残るよ」

かつての恋人との日を思い返しながら
直感だけで放たれたこの一言が、ずたぼろの「ザクロ」になったキウイのこころを、ふたりの最後にどれだけ護れたか。
共感じみて想像できるようで、それは大きすぎて想像もできないなと思った。
忘れていたこと、気づかなかったこと、知らなかったこと、見えなかったこと。
ある瞬間からひとつずつ見つけていくふたりの姿が、
けっこう淡々としてるんだけれどもう本当に素敵で、危うく泣きそうになった。

けれどそこで終わらない。
終盤に続く、この物語の本当のせつなさと、せめてもの(もしかするとそれでいて最高の)救い。
あらかじめそれを知っていた身なので今回はそこまでいかなかったけど、
初めて読んだときは泣きたくもないのに涙が止まらなくて、そのせいでだいぶ困ったのを思い出して。

気がついたら、こころは少しは軽くなっていた気がする。
おそらくはそんなの一時的の、ほんの小さな効能でも。

というわけで(どんなわけだかよくわからんけど)、たぶん今年最後に紹介したのは、
有吉玉青さん著、『キャベツの新生活』でした。

いよいよ明日で今年も終わりです。(あと8分で、その“明日”なんだけど)
読んでくださって、どうもありがとうございました!

有吉玉青 『キャベツの新生活』 講談社文庫
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松尾由美 『ハートブレイク・レストラン』

ハートブレイク・レストラン (光文社文庫)ハートブレイク・レストラン (光文社文庫)
(2008/07/10)
松尾 由美

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「それがうまく説明できさえすれば、何ですか、
お嬢さんのお仕事がうまくお運びになるということですか」
「ええ、まあ、そんなところです」
「でしたらお力になれるかもしれません」
お婆ちゃんは心底うれしそうだ。
「年寄りの考えを聞いていただけますか」
 (「ケーキと指輪の問題」より、一部略)

フリーライターの寺坂真以が仕事場代わりに使う、街道沿いのファミリーレストラン。
別にふつうのチェーンのファミレスなのだけど、なぜか店長はじめ従業員の様子が薄暗いようで、
ランチ、夕食のラッシュ時以外、ことに禁煙ゾーンには、ほとんど客の入りはない。
ただひとり、常連客であろう、マンガにでも出てきそうな、可愛らしいお婆ちゃんを除いて・・・。

ある日、真以が仕事場で起こった奇妙な事件(というよりは出来事)に頭を悩ませていると、
「あの――」とかぼそい声。
声の主はもちろんそのお婆ちゃん、ハルさんで、なんと彼女はどんな不思議もたちどころに
解決してしまう、心優しき名探偵お婆ちゃんだったのだ!(第一話 「ケーキと指輪の問題」)

前回読んだ『雨恋』がよかったので、続けて購入。
読み終わったとき、松尾さん充てに「ぜひシリーズ化を!」と
ファンレターでも出そうかと思った。
まあ出さないけど(オイ)、けれどそのくらい気に入った一冊。
加納朋子さんの、佐々良シリーズにひけをとらない、素敵な物語。
ハートブレイクどころかめちゃくちゃハートウォーミングな、連作短編集。

物語の主人公、フリーライターの寺坂真以が立ち寄るレストラン。
そこに来るお客が抱えて、解決しかねてる「不思議な話」を、真以に次々と謎解きしてみせる
お婆ちゃん探偵、ハルさん。(じつはこのお婆ちゃんもすごい秘密を持っているのだけれど、
それは本編と、本編後編をお楽しみに)

まるで「ちびまるこちゃんのおばあさん」のようなひっつめた銀髪、上品な和服。
「フィギュアにでもすれば売れるんじゃないだろうか」と真以が思うような、ご愛嬌。
日常の中の「あれ?なんかおかしいな」と思う小さな出来事から、不思議な強盗傷害事件まで、
ハルお婆ちゃんの手にかかればお茶の子さいさい。一挙解決。
"お婆ちゃん”的なイメージどおりののんびり口調で語る、シンプルだけど思いもよらない真相。
毎回「あ、そういうことか!!」と、完全に驚かされた。

「この世のどこにこんなお婆ちゃんがいるんだよ!これなら高齢化社会も少しは安泰だよ!!」
ってツッコミたくなるくらい、毎度鮮やかな解決。
毎回度肝を抜かれたり感心しきりの真以だけど、ある事件をきっかけに
(というかあるひととの出会いをきっかけに)、そんな自分に歯がゆさを感じるようになる。
そんな真以の奮闘劇も見ものだったり、お婆ちゃん本人の謎も見ものだったり。
ちょっと長めの物語だけど、あっというまに読了。

中身も後味もすんごくいいので、長くてもけっこう気軽にさくさく読める本。

それにしても。
ハートブレイクって失恋かと思って、表紙を見た友人も「何これ?失恋レストラン?」って変な顔してたけど。
今思いついたけど、ハートブレイクのブレイクってもしや「休息」のことかも。
のんびりハートウォーミングしながら休めるレストラン!行ってみたい!

さりとて。

このへんであるのってジョ○フルだけだけど、あそこだと休息もなにもないし・・・。
・・・ほんとのファミリーレストランで読むには、もしかしたら不向きかも。

けどこれ、すんごくお勧めです。

松尾由美 『ハートウォーミング・レストラン』 光文社文庫
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2008年、終わりかけに。

こんにちは、月見です。
もう年末、2008年ももう終わりですので、少し早いですが年末のご挨拶です。

改めまして。
いつもここに来てくださってる方、初見のかた、本当にありがとうございます。

アクセス数はチェックしていないのですが、コメント、拍手、トラバなど、
いただくたびに「よっしゃあ!」と大喜びしてます。

2月に始めたブログで、どうせ3日坊主だと思ってたら早10ヶ月。
むかし書いてた小説のタイトル「琴と嵐と泥雪と」を略して「CotoAra(ことあら)」と名づけたはいいものの、
当初はなれない感想文書きにおっかなびっくり。
だんだん自分の書き方、「こんなもんでないの」って感じだけどつかんできて、そんなこんなで本棚の中身も100冊をやっと超え、なんとか少しずつ読書感想ブログさんっぽくなってきたところ。

月並みですが、これもこのブログを読んでくださる方、ひとりひとりの方のおかげです。

今年はほんとに、たくさんのひとと知り合うことができました。SNSや、ブロガーさん。
現実場面で顔を合わせることはたぶんないでしょうけど、これも本当に素敵な出会いです。

まだまだひよっこブログ書きですが、大好きな本、おもしろい本、だれかが好きになれそうな本、
いろいろひっくるめて、まだまだうんと紹介していきたいと思います。

これからも、そして来年もまた、CotoAra。-月見の本棚-をよろしくお願いします。
(年内もまだ更新予定ですので、時間があるときはチェックしてみてください)
                                                                                                  月見
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石井睦美 『キャベツ』

キャベツキャベツ
(2007/11/01)
石井 睦美

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おっと、こんな時間じゃないか。ご飯のしたくをしなくちゃ。
お腹をすかせて帰ってくるおふくろや、強いと思っていても
ほんとうは泣き虫の妹のために、ご飯を作らなきゃ。


母、兄、妹。
働きに出ているおふくろの代わりに家事をこなし、
家族のために美味しい料理を作ってきた、大学生の「ぼく」。
対して、元気いっぱいで口達者、強気だけれど泣き虫でもある妹、美砂。
3人で囲む、幸せな食卓。
そんななか、美砂の友達かこちゃんに、ぼくは恋をしてしまったようで・・・・・・。

石井睦美さんの本は大好きだけど、これも大当たり。
今度はテンポがよくてほんわかしてて、なんとも素敵な兄妹物語。

掃除機に洗濯に料理。
家族を支える母に代わって家を守るぼくの傍らには、そういえばけっこうキャベツがある。
今回のこともそう。
トンカツの付け合せもキャベツ。妹曰く、メインのトンカツよりもしあわせそうに食べるのもキャベツ。
妹の友達、かなちゃんが家に来ることになったきっかけも、キャベツ。

「大雑把、本は読まない、したがって言葉を知らない」美砂とちがって、
「繊細で、読書家、言葉遣いも丁寧」と、ぼくの好みにぴったりのかなちゃん。
なのだけど、そこはどんなに好みでも、妹の友達。だけどけれど、かなちゃんに惹かれてしまうぼく。

兄貴思いの(おもしろがってる?)妹、美砂の援護(押し付け?)を受け、
それでもデートに出かけるぼくなのだけれど。

主題はキャベツ、けど読味(そんな言葉ないけど)はふんわり卵焼きといったふう。
それも私が作るやつ。砂糖醤油で味付けしたやつ。基本甘味、けどしょうゆ入りっていう。

まわりくどくてすみませんけれど。
でもこれ読んでると、安心と不安って同時に感じてしまう。
たしかな生活、大好きな生活。
それが大切なほど、不安にもなる。

「とっても強くしあわせだと思ったから、いつかそんな日が来なくなるにちがいないって思ったって」

兄妹の仲、ぼくの恋心、かつていた家族の一員。
しあわせならしあわせのままでいれればいいのに、そうもいかず。
変わってしまうことは、何でも変わっていってしまう。
そしてそれが、ときにはすんごく痛手になったりする。

けどそんなふうに、痛かったり傷ついてたりしても、やっぱりほっとするときって、けっこうある。
たとえば。

おっと、こんな時間じゃないか。ご飯のしたくをしなくちゃ。
お腹をすかせて帰ってくるおふくろや、強いと思っていても
ほんとうは泣き虫の妹のために、ご飯を作らなきゃ。


再び引用。

やっぱりこころのこもったご飯って大事だ。
こんなふうに、やさしい兄貴(ぼく)のやさしいこころ。
それがたくさんこもった、おいしいご飯。
そう知っていれば、そう感じていれば、なおさらのこと。

舌だけでなく、こころでも味わえる、やさしさの味。真心、みたいな。
最高においしいこの味で、すくすく暮らすこの兄妹、家族がとても素敵で、
読んでると構えたり頑なだったりした部分がほんとにほっとして、知らずほんわかと笑顔になってくる。

地味なんだけど、地味というより素朴。
そんで素朴なんだけど、素朴にやさしく力強く。
これってまさに、「キャベツ」の栄養。
栄養不足気味のとき、また読み返してみてもいいかもと思う。
まあちょいと出来すぎな兄妹物語、って気もしないでもないけど、
でもやっぱり好きだなこれ、ホントすんごく。

とりあえず、今は大事に本棚に置いてます。

石井睦美 『キャベツ』 講談社(単行本)
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草野たき 『ハチミツドロップス』

ハチミツドロップス (講談社文庫)ハチミツドロップス (講談社文庫)
(2008/07/15)
草野 たき

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「ソフトボール部はね、密かにハチミツドロップスっていう別名を持ってるんだ」

「ドロップアウト集団のくせに、部活の甘くておいしいとこだけを味わってるやつら」、
のんべんだらりの名ばかり部活なのに、内申書の部活欄はちゃっかり埋められる集団、
通称「ハチミツドロップス」。(←この時点で十分おもしろい!)

お気楽キャプテン、カズ。常にクールで、毒舌高橋。
坂本竜馬が我が人生!という、変わり者真樹。
後輩には、礼儀知らずで、ちょっとエッチな田辺さん。
運動神経ゼロ、だけどがんばり屋の矢部さん。

気のおけない、愉快な仲間。放課後の、部活という名のお喋りの場。
そして主人公カズの、同級生直斗との恋も順調。
なにもかも順調。まるでハチミツのように甘い、甘い毎日。
けれどそんな日々も、カズの妹率いる超マジメ&運動神経抜群軍団の入部により、
ゆるゆる甘いハチミツドロップスの日々は、もろくも崩れ去っていき・・・・・・。

あーこれはこれは。
やられました。なんつーおもしろい本なんだこれ、すげー気に入ったんだけど。

仲良し4人組の甘く愉しい中学生ライフ。
それはハチミツドロップスに始まり、ハチミツドロップスに支えられた毎日。
けれど失くしてみて、それまでの当たり前が、どんどんと崩壊していく。

んなおおげさな、と思うかもだけど、そういえば中学生のころって、
今よりももっと脆い関係だとか、いつ終わるかもしれない時間をたしかに支えにして
それで元気にやってたもんなー案外、なんて思い出して。
右往左往して、でもどうにもならずにドロップス崩壊を眺めるばかりのカズたち4人に、
かなり感情移入してしまった。

そんなこの物語、たぶん一番のテーマは、現実から目を背けずに生きれるか、ということ。

主人公カズが「カズらしく」家族のため、友人たちのため、そして自分のために
そうふるまわなければならなかったり。
残る3人娘やカズの妹チカも、カズの両親も、何かを直視しないために続ける、道化のような演技。

道化なんて、言葉は仰々しいけれど、けどそれってオトナも子供も、実際日常的だったりする。
本音とたてまえ。本心と隠し事。それか気遣い、傷つき回避、表のやさしさ。

ハチミツドロップスという場所を失ったカズたちは、否応なしに現実に直面することになる。
そうして4人の立場は別れ、それぞれの、孤立した、孤独な戦いが、
お互いの知らないところで始まっていく。
「じゃあどうすりゃいいんだよ・・・・・・」って途方にくれても、
時間も周囲も環境も、だれもだれも待ってくれない。
偽りの時間は、気づいてみればどうしたってきついもの。

なりたい自分を摺り替えても 笑顔はいつでも素敵ですか (little by little 『悲しみをやさしさに』)

読んでて思い出したんで、↑引用。
言わずもがな、好きなんだけどむずかしい言葉。
健やかでも強くもない私には、遠い遠い言葉。
けど、追い求めてるのはこんな言葉、こんな心根。
カズみたく、少しずつでも、近づけてるだろうか。前より少しは、近づいた気がするんだけど。

基本ハッピーエンドで、終わり方も好きなんだけど、
カズの中身だけ壊れたような両親は、この先どうなるんだろ?ってそこだけ引っかかった。
わざと書かなかったのかもだけど、やっぱり少し気になる。
けどこれ、軽く見えてわりとヘビーだけど、けどすんごく気持ちのいい話。

だまされたと思って読んでみて。
特に中学生くらいのひと、はてしなくおススメです。

草野たき 『ハチミツドロップス』 講談社文庫
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渡辺ペコ 『東京膜』

東京膜 (クイーンズコミックス)東京膜 (クイーンズコミックス)
(2006/01/19)
渡辺 ペコ

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そんなこと考えていたら
頭の中が少しだけ明るくなったんだ
 (「9時から5時までのチャコ」より)

渡辺ペコ、渡辺ペコ。
不二家じゃなくて、あーどっかで聞いたような聞かなかったようなと思えば、
「蛇のピアス(コミック版)のひとか!!」と得たり。
ちょこちょこっと調べてみて、おもしろそうだったんでこれまた購入。
手持ちの諭吉はこれで消えたけど、おもしろかったからまあいいか。(いいのか?)

本邦初(?)の間取りマンガ、「東京膜」三部作他、読みきり3編収録。
今回はとりあえず、三部作のあらすじから。読みきり3篇も、併せて。

東京膜#1 真昼の客・・・
あたしきっと 後悔しないわ―――

不満とまではいかなくても、一緒に生活してると少しずつ積もってくるもの。
若夫婦、「みこ」と「じゅん」。そんな埃なんてものともしない。
けど真昼にやってきた訪問販売員。それをきっかけに、小さなひと騒動が巻き起こって・・・。

どっこでもあるようなストーリーなんだけど、なぜにこうもおもしろいのか。
隅っこの埃とあなどることなかれ。
小さなとっかかりに、知らずおたおたさせられてるふたりが、
ものすごくキュートでおとなしいけどコミカルに書かれてる。
変な言い方だけど、そこにたしかに温かな人間がいて、読んでてすごくほっとした。

この本は当たりだ!って、まずこれ読んで直感した。

東京膜#2 適正距離・・・
あたし 意気地なしの大人になっちゃったのかなあ

本当は飲まなくたって、素面で世界と対峙したい
けれどいつのまにかそうはいかなくなってる、酒飲みの佐和子。
いつものように厨房の男子を眺めながら仲間と酒を飲み、
今日も今日とて部屋のベッドにたどり着く前にぶっ倒れる。
その繰り返し。のはずだったけれど・・・。

今度はちょいと恋愛絡んでる、三部作二作目。
別に恋愛体質でもなんでもないけれど、ああちきしょう、なんだよ
すっごくいいじゃんかこういうの、と感じてしまうような一とき。
恋愛とくれば即座に「センセイの鞄」を思いつくんだけど、こういうの話も案外好きではある。

東京膜#3 かぶと山トレッキング・・・
おぼえてる? ちっさいころの かぶと山

風邪で出られなかった遠足。
楽しみで楽しみで仕方なくて、それでも行けないとわかったので、
だから弟と登ることにした、急な家の階段。
思い返したずっとむかし。今もこうして、登ってるんだけど。

ピュアで小さな、しっかり姉と泣き虫弟の冒険物語。
読んでたらむかし登った山なんか(小学校の行事で)思い出したけど、
どうせならこんなふうな、かぶと山みたいなのに登りたかったなー、なんて思ったり。
ま、一人っ子だからそれも無理なんだけど。

9時から5時までのチャコ・・・
そろそろくるかも って おもってました

彼にもっとずっと好きな女の人ができて、フラれたばかりのチャコ。
やけ酒おかわりしたら拍子に隣の男性にビールをこぼし、
そしてその男性も3日前に妻に出て行かれたばかりだいう。
見ず知らずの男性とささやかながら意気投合し、けれど店は閉店時間。
さて・・・・・・?

「真昼の客」に輪をかけてハートフル、んでコミカルストーリー。
明日もっと落ち込むか、朝日といっしょに明るい頭になれるかは、
意外と意外とシンプルな分かれ道。健気で健やかな、大人たち。
収録作の中で、ダントツで好きな話。最高に好きだ、これ。

たんの3兄妹・・・
そしてわたしたちも オトナになる

兄→弁護士 妹→和菓子屋バイト 趣味・音楽作成 弟→MC

凸凹3兄妹の、久々の集まり。
ぎこちなさから安心感、くだけてくだけて、親密感。
3人そろってとりとめもない会話しながら、いろんなことを想ってみる。

一人っ子なのであんまり想像がつかないけど、兄妹ってこういうものかーと思った。
親でもなく友人でもなく、恋人でもない、3人つどって親密空間。
3人みんなすくすく育ってこんなになること、だれか想像できたでしょうか。
すくすく育った私は、願ってるものにちゃんとなれるんでしょうか。

リビングルーム・・・
あんなこと 覚えてなくて 当たり前か

部屋の鍵が開いている。
おとといケンカした彼かと思えば、そこには空き巣にさんざ物色された我が部屋が。
彼は妻と子がいる。こんなときに頼れる友人もいない。親にも心配かけたくない。
あげく、4年前の秋に知り合ったっきりの、広瀬くんを訪ねることにしたのだけれど、
そこにはもう、エロ漫画書きの美人の彼女さんがいて・・・・・・。

読み終わって、川上弘美さんが「おでんは大根でしめる」とかなんとか
エッセイで言ってたの思い出した。「ゆっくりさよならをとなえる」だっけか。

何が言いたいかって、まーなんとなくだけど、しめの大根みたいな味の、いい話だった。
エロ漫画書きの戸田さんも、食べ物の皮むき大好きな広瀬くんも、
空き巣に入られたりなんたりで凹んで泣いちまったりする主人公も。

こういうの、ほんと好きだなーと思う。この話に限らず、これは全編通してだけど。

人間嫌い、人間好き。
たぶん私は6割4割で、その6割って大部分こんな感覚で出来上がってるものだったりする。
愛すべき隣人。
そんな気さくさがあって、そんでその隣人のとっても人間くさい日常の何コマか。
もしかしたらどうしようもないくらい、私はそんな物語が大好きだ。

買ってから、もう何度読んでることか。
渡辺ペコ。年末に、新しくとっておきの、とっても好きなマンガ家さんが増えました。
ラッキー。

渡辺ペコ 『東京膜』 クイーンズコミックス
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武田百合子 『ことばの食卓』

ことばの食卓 (ちくま文庫)ことばの食卓 (ちくま文庫)
(1991/08)
武田 百合子野中 ユリ

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向かい合って食べていた人は、見ることもなく聴くことも触ることも出来ない「物」となって消え失せ、
私だけ残って食べ続けているのですが――納得がいかず、ふと、あたりを見回してしまう。
ひょっとしたらあのとき、枇杷を食べていたのだけれど、あの人の指と手も食べてしまったのかな。
――そんな気がしてきます。
 (「枇杷」より)

枇杷、牛乳、キャラメル、お弁当。
あるいは怖いこと、上野の桜、夢、覚書き。
食べ物に関する昔の記憶、そして関った人との思い出の数々。
素朴に、とつとつと綴る、感性豊かなエッセイ集。

ネットでたまたま見つけて、なんだか気になって仕方なく、
給料日直後だったのでほぼ即決購入。
武田百合子さん、じつは初めて知ったひとだけど、なんて素敵な文章!

冒頭に置いたのは、中でも一番気に入った文章。
今はいない、「物」となって消えうせた存在との、枇杷の記憶。
簡素な文章なんだけど、どうしてこんなにしんみり響くか。

枇杷の香りも手触りも、手首を流れる汁も。
吐き出した牛乳も、キャラメルの空き缶で作った模型も。
見知らぬ老婆の語るお鮨屋さんも、大好物のうなぎも。
初めてのバイトで通った飲食店、飼われてた犬の蒲焼の匂いも。

食べ物の記憶も人との思い出もこんこんと湧き出て、それをこんこん味わう。
(そういえば「キャラメル」にある兵隊さんとの会話は、読後しばらくその後を読めなかった)
読んでると川上弘美さんのエッセイや筒井ともみさんの「舌の記憶」なんかも思い出すけど、
でももっとずっと簡素。

時代の色。記憶の味。戦前、そして戦後の暮らしの風景。
才能、なんて言葉が読み終えてふと浮かんだ。
五感。感じること、綴ることの才能。

今ではもう出会うこともないひとも物も、感覚も感情も。
今ではもうだれも書けないだろう文章でとくとく綴る。
武田百合子さんの目線であれば、今の世界ってどんな風に見えたのか。
もっと読んで感じて、触れていたい気がしたけど、それはもちろん、もうできないんだけど。

武田百合子 『ことばの食卓』 ちくま文庫
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森下典子 『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)
(2008/10/28)
森下 典子

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雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。
夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう。
・・・・・・どんな日も、その日を存分味わう。
お茶とは、そういう「生き方」なのだ。
 
(「第十三章 雨の日は、雨を聴くこと」より)

おっとこれは意外!こんな本があったんだ!!
表紙と、めくってすぐの茶器や和菓子の写真に目を奪われて即決買い。
「お茶が教えてくれた15の幸せ」なんてタイトルに、「お茶ってすばらしいんですよ、
ぜひあなたも!!」みたいなオススメ本かと身構えてしまったけど、心配無用。
おしつけがましいことなんてどこにもない、飾らない文章でつづられる、お茶を通じた日々の気づき。

二十歳のころからひょんなきっかけで始めた茶道。
型にはまった、封建的な、女同士の見栄の張り合い、かたっくるしい悪しき伝統・・・。
だいたい私が茶道に対して思ってたのもこんなネガティブなイメージで、
それは茶道を始めたばかりの森下さんも同じこと。
始めから素人目線で入り込んでいるので、すんなりとお茶の世界に入り込むことができる。

で、入り込んでみればなにが変わったか。

それがほとんど何も変わらずに、これでもか!というような決まり事の数々に四苦八苦。
最初がこれで、次があれで、道具も、それに伴う決まりも無数、おまけに毎週稽古に来るたび道具も作法もがらりと違う。ほとんど無限にあるようにも感じてしまう決まりごとの組み合わせ。
何度やっても自分が何をやっているのかわからず、「これは何のためにある決まりなのですか」と問えば、「何でもいいの。意味なんかわからなくてもそうするの」と諭される。
おまけに手順を暗記しようとすれば、先生に「頭で覚えちゃダメ!」と叱られる始末。

うぎゃー!!とか叫んで飛び出すかもね、私なら。(←性根なし)
でも森下さんだって、逃げはしなくても、内心逃げたい思いでいっぱいだったり。

でも不思議なもので、稽古に通ったかつての森下さんも、
今この本を読んでお茶の世界の一端を見せてもらってる私も、止めようと思いながら、止められない。
なんでだろ?と自分でも不思議で、ふとそこに思い返したのは、まえがきのこんな言葉。

世の中には、「すぐわかるもの」と「すぐにはわからないもの」の二種類がある。

一度通ってわかるものでなく、何度も行ったりきたりするうちにじわじわとわかりだし、
まったくの「別もの」と気づく。そうわかるたびに、自分が見ていたものが、何なのかに気づく。
本物を見ること、季節を味わうこと、別れは必ずやってくること、自分の内側に耳をすますこと、等々。
文字の上で書かれたことではあるけれど文字の上だけなんかじゃなく、
森下さんの感じた感動、実感、五感。すべてが文字から、ことばから染み込んでくる。
これがすんごく、心地いい。

著者の森下さんは、今現在、お茶を始めて二十六年目。
それでもまだまだわからないことばかりだし、繰り返すなかで、さらに新しい発見にも気づく。
そんななかで、ふと見つけた、ふっと気づいた「15のしあわせ」。
ちなみにタイトルにもなっている、日日是好日(にちにちこれこうじつ)とは、
(毎日がいい日)というような、一応はそんな意味。
けれどその短い言葉に秘められた、壮大なメッセージ。
ある日ある瞬間にそれに気づいた森下さんの、とっさに言葉にもできないくらいの、感動。
慣れない作法に四苦八苦し、ベテランになってからもまわりにいる若くて才能あるひとたちの存在に圧倒され、無力感に襲われたり。
そんな日々の中、すべてお茶の世界で見つけたことでも、それはほとんどすべて、生きることへとつながっている。

お茶というひとつの生き方にふれて、さらに今を生きること。
森下さんの体験した貴重な二十六年間を、そのほんの一端(と、これは森下さんも言っていることだけど)でも垣間見せてくれる一冊。

気づくことは尽きることなく、そのぶん終わりのない学びではあるけれど、
だからこそ一生涯続く、一生の糧。
そんなものこと、見つけたひとってのは本当に格好いいなと思う。

何も自分に当てはめようなんて思わなくても、自然と寄り添うところは寄り添ってくれる。
不思議な不思議な、底なしの魅力をたくさん含んだ一冊。
読後は、ただもう満足。このひと言。
これってけっこう、オススメ本です。

森下典子 『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』 新潮文庫 
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川上弘美 『ニシノユキヒコの恋と冒険』

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)
(2006/07)
川上 弘美

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「どうして僕はきちんとひとを愛せないんだろう」
そういうたちだからよ、とわたしは言おうとして、やめた。ユキヒコが、かわいそうになったからだ。
(「おやすみ」より)

ニシノユキヒコ。
姿見もよく、セックスもよく、性格はおだやかでやさしく、けれどかなりの女たらし。
けれど例外なく、最後には必ず女のほうから去られてゆく。
どうして去るのか去られるのか。
ニシノユキヒコ、ユキヒコ、幸彦、西野君、ニシノ、西野くん。
彼とかつて関った十人の女たちが思い返す、そのしょうもなく、そして切ない生き様。
最後まで愛し愛されることを捜し求めた男の人生を綴る、連作短編集。

うわ・・・こいつどうしょうもねえなあ・・・・・・。
というのが一番最初に思った感想。

そこそこに容姿端麗で、絶妙な美辞麗句にも長けている。
なにしろ主婦暦三十年のササキサユリをもってして、
「女自身も知らない女の望みを、いつの間にか女の奥からすくいあげ、かなえてやる男」とまで
言わしめたほどなのだ。こんな男、そうそういるもんじゃないどころか、もしかしたら本当はどこにもいないのかもしれない。
けれどどうしても、どうしようもなく、本当には愛すことは出来ない存在。

関わりを持った十人の女たちが語る、ニシノにまつわる十の恋と、そして別れの物語。
古くは中学生時代、果ては五十代までのニシノと、
七つの少女から結婚して三十年以上の(本文中の意味で)妙齢の女性の関わりの記憶。

いつでもだれでも変わりない。
いつもいつも好きになったようなのに、最後の最後に好きになれない。
愛せるようで愛していない。愛せないようで愛しそうになる(けれどけっきょく愛せない)。
あっさり、やがてきっぱり、女たちはニシノから離れていく。
取り残された(という完璧な顔をしているだろう)ニシノは、どうしてボクは愛せないのだろう、どうしてこんなことになってしまったのだろうと、子どもみたくどうしてどうしてを連発しながら、たたずむばかり。

しんみりしてるけど、もの哀しいけど、明るくておだやかで、ほっとさせるようなとこもある。
パフェを「パフェー」と語尾を伸ばして発音したり(「パフェー」)、風邪をひいた彼女に絞ってやろうと、ぶどうを買いに行ったり(「ぶどう」)、土管の中で寝転んだり(「水銀温度計」)。
けれどやっぱりいつも立ち返ってしまうのは、ニシノのいない、いなくなったとき。

それにしても、十もの物語を読み終えてもこの男の正体というか、根っこがわからない。
たしかに目の前にいるのに、触れているのに、けしてここにいると認識できないような感じ。

ニシノユキヒコ、ユキヒコ、幸彦、西野君、ニシノ、西野くん。
たくさんある呼び名と同様、その心根だってほんとうのところちっとも見えてこない。

どんなに目を凝らしても凝らしても、ここにもどこにもいないようでいて、そのくせそんなことはない、ボクはここにちゃんといるんだ!!と叫びまわってるような男。強いて言えば、こんな感じかも。
そういえば、物語の中でニシノと女の子の、こんな会話がある。

「だって僕はつくりものだから、いつかマナミのことが好きじゃなくなる」
「そうなの」
「そう、つくりものは、結局ほんものの人間とまじりあえないんだ」
(「おやすみ」より)

つくりものじゃないくせに、ほんものの人間のくせに。
何を言ってるんだろ、この男。

でも不思議とイライラしない。
別に同情したりもしないけれど、突き放す気にもならない。

これってむちゃくちゃズルい。ズルいんだけど、憎めない。
いったいなんだったんだろう、ニシノとは。
何を求めて、何を知って、何を手に入れたんだろう?

読後はそんな考えてもせんないことにばかり気をとられてしまって、しばらくぼんやりしたまま。
心地よかったような、つらく苦しかったような、泣きたいような。
そんな白昼夢でも見たような、不思議で不穏で、おだやかな気分。

余談だけど、こんなやつ、周りにいたらどうなるんだろう。
関るのか、関らないのか。
たぶん多かれ少なかれ関ってしまう気がするけれど、でも絶対に愛されることはないだろうなと
やっぱりそんな気しかしない。

川上弘美さんの不思議本たちの中でも、これだけは最後まで、掴めなかった物語。
不快じゃなくて、むしろおだやかで切なくて好きなのだけど、どうしても読むたんび、
どうしようもないような不穏が、あとからあとからあふれてきて、なんだかすこし、困ってしまう。

川上弘美 「ニシノユキヒコの恋と冒険」 新潮文庫
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阿部夏丸 『泣けない魚たち』

泣けない魚たち (講談社文庫)泣けない魚たち (講談社文庫)
(2008/07/15)
阿部 夏丸

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「魚は、泣けるか泣かないか」
「そうだ。お前は、どう思う?」
「むずかしいよね。でも、魚だって泣きたいときはあるんじゃないかなあ」
 (『泣けない魚たち』より)

冬だというのに夏休み本。
というつまんねー自分突っ込みは置いといて、じつはこれ、
小学生のころに読んだのが最近文庫化されたもの。
懐かしくて買ってみたら、当たり前だけど昔と読後感がぜんぜんちがってて、
これってこんな話だったんだ!と驚いた。
川や魚にまつわる3編の少年たちの物語。

かいぼり・・・
「けんじ、明日、かいぼりをやろうぜ」
「よし、やろう」と僕はすぐさまこたえた。

太陽のぐらぐら揺れる、七月の日曜日。
かいぼりとは、小川を小石や土でせき止めて魚を閉じ込め、その中の水ごとバケツで魚をかい出してしまうという魚とりの方法。
ガキ大将のあきら、お調子者のまさあき、細身で気弱なゆうじに、常識的な僕。
いつだっていっしょに遊び、叱られてはまた遊ぶ。
そんなこの4人、遊びのためなら、ときには泥棒だってする。
そんななか、あきらの提案で、かいぼりに必要な土のうにするため、4人は町長の所有する南京袋を盗み出し、かいぼりをすることにしたけれど・・・・・・。

かいぼりどころか魚釣りも1度しかしたことがないので、魚取りにここまで情熱をかける4人の気持ちが最初いまいち掴めなかったのだけど、そんなものは4人の元気パワーで吹っ飛ばす!
コイにナマズ、タナゴにウナギ。
4人と、意外なひとりのかいぼり体験は、けれどなんともほろ苦い結末を迎えてしまう。
大人と子供。けれどやっぱり大人は大人で、どこかが似通っていても、けして子どもとはちがう。
こんな物語、きっとどこかの町であったんだろうな。。

泣けない魚たち・・・
僕にザリガニの味を教えたのは、岩田こうすけだった。

春休みの終わり。河川で出会った無愛想な転校生、こうすけ。
6年生だった僕と、1年留年して6年生だったこうすけは、アユ釣りをきっかけに知り合う。
放課後は秘密の場所、だれも近寄らない森の中の河童淵で魚を取ったり、見張り台を作ったり、
はたまたその辺の木の枝を活かして、夏休みの工作を作りあいっこしたり。
そんなふたりに、担任の先生ゴジラから、大きな知らせが。

「矢作川にサツキマスが、二十年ぶりに遡上している」

サツキマス。
それは幻の魚と呼ばれる大魚で、本来ならば岐阜県の長良川にしか生息していないはずの魚だった。

当初は必ず釣り上げると息巻いていたこうすけが、次第に元気をなくしていく。
その理由が気になりながらも、僕はこうすけとサツキマス捕獲に向けて、毎日捕獲活動を続けるのだけれど・・・・・・。

魚には涙腺がない。だから学識上、魚は泣かないことになっている、らしい。
魚が好きな僕と、祖父から受け継いだ、川を、魚を愛するこころを持つ少年、こうすけ。
そんなふたりが毎日毎日、全力で遊び、冒険し、闘い、魚を取る。
ふたりの目を通して伝わってくるかのような、まぶしいくらいの爽快感。水しぶき、魚の手触り、
そんな経験したことないくせに実際手にしたかのように錯覚して、こっちまでドキドキしてしまう。

全力の遊びと仲間と、でもずっとずっと遊んでばかりもいられないという、こちらもホロ苦ストーリー。
自分の手ではどうしようもない、たとえばもう取り戻せない時間なんかを目の当たりにしたとき。
もしかして、魚だって涙してるときだって、あるかもしれないなんて思った。
感傷だってのは百も承知。だけど本当に、そんな気分になってしまう。

金さんの魚・・・
「トマトあるよ。おいでよ」

そう言って、空き地で遊ぶ僕を呼んだ金さんは、今では六十二歳にして僕の友だちだ。
会う人会う人に、「こんにちは」「こんにちは」と調子っぱずれにあいさつする金さんは、
食堂「なまず屋」の主人でもある。
けれどある日、なまず屋になまずを提供していた釣り名人浦さんが腰を痛めて、金さんのなまず料理は当面中止ということに。。
そこで僕は浦さんの代わりに金さんに申し出て、なまずを釣って買い取ってもらうようにしたけれど、
ある日突然、釣り場に見たこともないような巨大な魚が現れた。
僕だけでなく、名人の浦さんまでもが驚愕するその魚は、かつて満州に生息していた巨大魚、草魚だという。
なぜ満州の魚が日本の川に? 僕と浦さん、そして金さんの、草魚との戦いが始まった。

小学生のころと比べ、読後感が一番変わったはなんといってもこの話。
僕の目を通して書かれているのは、満州という地名が出ることからしても想像できるように、魚との闘いに加え、物語に影を落とす、金さんたちの戦争の記憶。
終盤のあるシーンが、小学生だったころにはあまりに強烈すぎて、読んですんごくショックだったのを覚えている。物語のラストはとてもおだやかな終わり方なのに、いまでもそこだけをよく覚えている。

正直に言えば、今でもこの物語を完全に読みきれたとは思えない。
物語の僕と同様、私にとっても、かつてたしかに起こった戦争は、それでも遠い遠い過去の出来事としか思えないものだから。

読後感は、僕が始めてかじった金さんお手製の甘くて、みずみずしいトマトのようにさわやかでおだやか。
けれど読みながら、金さんというひとりのおじいさんのかつての人生を通して、そして金さんといっしょになって夏を過ごした僕の目線から、ほんの少しでも戦争の犠牲を考えることになる。

それにしても。

そういえば、いつのまにか川で遊ぶことや素手で魚を取ること、
なんてものがそれこそ遠い出来事のように思えてしまって仕方ない。(考えてみれば、昔の私も、たぶん親戚の子供たちだってそんな経験はしたことがない。父の田舎には、すぐそばに川の流れがあったのに)
なんだか身近なものがだんだん消えていくこと、読後はそんな現実を目の当たりにしたような気分で、
さわやかなで輝く夏の物語集なんだけど、なんだかちょっとしんみりしてしまった。

阿部夏丸 『泣けない魚たち』 講談社文庫
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柴崎友香 『青空感傷ツアー』

青空感傷ツアー (河出文庫)青空感傷ツアー (河出文庫)
(2005/11)
柴崎 友香

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「遠いとこって、どこ?わたし、来月、友だちと温泉行こうって言うてんるねんけど、音生もいっしょに行く?城崎とか」
「ええー?そんなんじゃなくって、今からやん。それで、もっと遠く」
「今から?わたしと?」
「そう。芽衣ちゃんと、わたしが、遠くに、いくねん」


文句のつけようもない美人、かつゴーマンな女ともだち、音生(ねお)。
外見はよく言って並、面食いでいいかげんで、自分でもそれをどうにかしたいけれどどうにもならないでいる、そんでもっていつも音生に振り回されてる芽衣。
東京駅に突然呼び出され、音生のまぬけな元彼氏とその女のグチを大音量で聞かされながら、
音生の言うまま、新大阪へ。
そこから始まる女ふたりの感傷珍道中は、大阪→トルコ→四国へ飛び火。
おまけにメンバーは、音生に鼻をへし折られた(浮気のため)元彼や、芽衣の大学時代の片思いの相手やらがところどころ合流し、凸凹感傷旅行の行方はどこへやら?
さくさく読めてすらっと爽快!切なかったりじめじめしてても、やがてからりと晴れわたる、
ウルトラ・キュートな物語!

舞台が大阪だったりトルコだったり、ころころ変わる。
登場人物だって「浮気がばれて鼻をへし折られた元彼」や、「思いをつげたけれどそそくさと去られてしまった昔の片思い相手」など、何で今さら出てくんの?(すべて音生の差し金ではあるけれど)
って思わずにいられないような人間だって、そちこちに出てくる出てくる。

ころころ変わるツアーの舞台はもうほとんど電車の窓辺を流れる景色みたくどんどん流れ、
各地で繰り返される機関銃のような音生のグチ、喋り、毒舌。
その傍らで、うんうん頷いたり怒ったり、しょげたりいじけたりするだけの芽衣。

これだけ。
特にこれ!っていう教訓も主張も、メッセージもない。(まあ、あんまり私自身、そういう作品は好きじゃないけれど)
トーク、聞く、応酬。登場する男キャラは、ほぼ脇役、というか感傷ツアーの引き立て役。
なんだけど、この感じ。
ゆるゆるしてる時間と、かしましい音生の毒舌と、面食い&優柔不断の芽衣と。

読むというより、ただ目で文字を追ってるだけでもやすやすとふたりの感傷ツアーの数々が浮かんできて、読んでる側なんて部外者なんだけど、それでもけっこう読んでて楽しい。

さばさばと自分の毒舌は棚に上げ、(←この辺、とても他人とは思えない)ざっくり芽衣を一刀両断する音生に、ぐじぐじ悩んだりひがんだり、あげくは逃避、ひとのせいにするようなとこもあるけどでも憎めない芽衣の、関西弁のあくのないやり取りが抜群に爽快。
腹をわって話すなんて言葉があるけど、それってこんな感じなんだろーなと思う。
言葉の裏にいろいろ仕込んだ表向きの会話なんて、いくら連ねても、まあ気がめいるだけだし。

さくさく読めて、読後もかなり気持ちが楽しい。
表しかない関係ってそのぶんストレートできつい部分も多いけど、
直球勝負の爽快さだってちゃんと併せ持ってるもの。

柴崎友香さん作品は初めてだったけど、私はかなり気に入ってしまった。
そんなこんなの繰り返しで、もう残りスペースのない本棚が、さらに悲鳴をあげることになるんだけど。

柴崎友香 『青空感傷ツアー』 河出文庫
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角田光代 『キッドナップ・ツアー』

キッドナップ・ツアー (新潮文庫)キッドナップ・ツアー (新潮文庫)
(2003/06)
角田 光代

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「いいか」赤信号で車をとめて、おとうさんは私を見た。
「おれはあんたをユウカイするんだ。当分帰ることはできないんだから、覚悟しておけよ」


小学五年生の夏休み。
しっかり者の女の子のハルは、いつの間にか家からいなくなっていたおとうさんにユウカイ(=キッドナップ)される。家にいた頃はふざけてばかりでおかあさんに愛想をつかされていたおとうさんだけど、
どうやらこのユウカイだけは真剣らしい。おとうさんによれば、おとうさんとおかあさんの「取り引き」が成立するまで、ハルは家には帰れないのだ!
・・・・・・ということらしいのだけれど、肝心のおとうさんはじつにお調子者で情けなくて、
クールにかまえるハルのほうがよっぽどしっかりしてるくらい。
そのうち(たぶん)おとうさんのお金も底をつきはじめ、当初はそこそこ裕福だったユウカイツアーが、だんだん、だんだんと衰退し始めて・・・・・・。

あー楽しかった!!と、読後まっさきに思った、親子ひと夏ユウカイ物語。
ダメダメ親父としっかり者の小さな娘の、文字通りのでこぼこコンビの珍道中。
見知らぬ旅館の海水浴に、安宿お寺の肝試し、ボロチャリ泥棒に猫屋敷。
ダメダメ親父の、風の吹くまま気の向くまま。

しっかり者とはいえ子供のハルは、「選択権」はあるけれど「主導権」は持たせてはもらえない。
あげくしぶしぶおとうさんについてゆくことになるのだけれど、
口げんかでおとうさんを黙らせたり、道行くひとを巻き込んでおとうさんへのしっぺがえしを企てたりと、
子供の最低限できる、最大限の攻撃はちゃっかりしかけて、あげくおとうさんはぐうの音もでない。

そんなふうにして、それでも歩だけはどんどん進み、さりとておとうさんとおかあさんの「取り引き」は
成立する気配もなく、おとうさんのサイフの中身も増える気配もなく、だんだんと状況は悪化。
ファミリーレストランの昼食なんてぜったいに食べれないし、まして旅館なんて夢のまた夢。
そんななかでも、なんとかやっていくこのでこぼこコンビの生活のやりくりで、
ことはなんとか終わらずに運んでいける。

お金がないぶん、自分たちで協力してしなければならないこと。
ユウカイされてる、してる立場でそんなことになるのはほとほと妙な話だけれど、そんなことはどうでもよく。ハルとおとうさんは行く先どこにだってふたりで移動し、ときにお互い憎まれ口をたたきながらも、
(たいていはハルがおとうさんの情けなさをなじり、それにおとうさんが少し反論して言い負かされる)
たくさんの小さなピンチ、大きな時間を、ふたりそろって過ごしていく。

最後の最後までおとうさんはダメダメなままで、ハルはあいかわらずのしっかり者のままで。
目に見えるものはなにも変わらない、というかふたりしてユウカイ期間中に薄汚れたことくらいだけど、
それでもふたりの中、たしかに生まれて、つながるものが出来上がる。

“親子の愛情”、“親子の信頼”。それとはぜんぜんちがう。
ダメダメ親父は、しっかり者のハルにはあまりにも信頼に足らないし、
おとうさんがハルに思うのは、“親子の愛情”にしてはどっかでひょろひょろ、おふざけ感が残りっぱなし。

たとえばの話。
田舎で偶然知り合った、わんぱくな子供。
それがここで言うおとうさんで、ハルはそんなおとうさんに引きずられながらも、
こころのなかでおとうさんのことを、ダメダメで格好わるいのだけれど、
そんなおとうさんにいつしかにっこり笑ってみせれるようになってる。

たしかに親子なのに、感じるそれは友情に近い。描かれてるのは、そんなとても不思議な関係。
だっていうのに、ここには微塵の違和感もなく、あるのはさっぱりくっきりと広がる、
突き抜けるように爽快な読後感。
なんでだか知らないけれど、こういう感じを感じるのは、読んでてとてもとても気持ちがいい。

夏の日差しによく合う、とっておきの夏休み小説。
もちろん、こんなさむい日の昼でも夜でもいつでも、一度ページをめくり始めればもう自然と、
このふたりのおかしなひと夏キッドナップ・ツアーに飛び込んでいけるのだけど。

角田光代 『キッドナップ・ツアー』 新潮文庫
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松尾由美 『雨恋』

雨恋 (新潮文庫)雨恋 (新潮文庫)
(2007/08)
松尾 由美

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「最初にはっきりさせたほうがいいと思いますけど、わたしは幽霊です。
 そういうことになるんだと思います。三年前にこのマンションで死んで、そのままこうしているから」


沼野渉、30歳、会社員。
「長くつきあうと飽きがくる」と恋人にふられ、外は連日の雨。
おまけにその雨がもとのちょっとした隣人トラブルで今の住処にも住みづらくなってしまう。
そんなとき、たまたま海外支社へ赴任するという伯母の代わりに、伯母のマンションに住むことに。
伯母の飼っている2匹の猫の面倒を見るという条件つきではあるけれど、
そのときは人生で一番のラッキーが舞い込んできたと思っていた。

けれどある日、部屋から2匹の猫を可愛がる見えない女性の声がし、
さらに声の主は24歳の女の子で、何者かに「自殺をやめることをやめさせられた」
つまり殺されたというのだ。
犯人への恨みはないが、だれが自分を殺したかを知ることなしには
「死んだひとが行くところ」にはいけそうにないと言う。
たぶん根っからの“いいひと”の沼野は、以来彼女が死んだ雨の日にだけ現れることのできる
幽霊に、いっしょに犯人を捜す手伝いをすると約束したのだけれど・・・・・・。

「名手が描く、奇跡のラブストーリー」というのが売り文句だけれど、
アマゾンでレビュアーさんが何人も指摘してるとおり、恋愛小説としてだけでなく、
ミステリーとしてもかなりのおもしろさ!

連続薬物自殺事件として片付けられていた事件のひとつが、じつはそれは自殺でなく、
「自殺をやめることをやめさせられた」、殺人事件であると、被害者自身が訴えてくる。
ふつうなら「んなこと言われてもねえ・・・」と困り果てたり、あげくはたぶん引っ越すとこだろうけど、
ひとのいい沼野は協力を決意。
まずは幽霊、小田切千波の言う、一番の容疑者に接触を図るも、またたくまに疑惑は晴れてしまい、
少しづつ明らかになる千波の事情から炙り出した容疑者も、すぐに潔白、もしくはアリバイが成立してしまう・・・・・・。

逆転、逆転、また逆転!!という手に汗握る大迫力ミステリ!とはいかないけれど、
これだ!!と思った答えがするすると抜け落ちていく。そんな過程の繰り返し。
思うように進まない事態にいらだったり焦ったりしながら、自然とページをめくる手が止まらなくなる。

けれど姿を現したこの「殺人事件」の真相は想像もつかず、そしてあまりにも哀しいもの。

最後の雨の日。
真相にたどり着いた沼野は、その事実を千波に伝える、つまり千波との別れを前に、
それでも重い口を開く。

「マジですか・・・・・・」と思わずつぶやいてしまったほど、あまりに哀しい答え。
そして真実を知った千波と沼野に迫るリミット。
ミステリの仕掛けと恋の終焉が同時に訪れる、直球勝負のラストシーンはけっこう泣ける。

正直な話、ラストシーンは、たぶんある程度予想はつくものだとは思う。
けれどここまで素直に泣けるのは、ひとえに松尾さんの書く物語の力。
「ささらさや」「てるてるあした」にも似てるけれど、やっぱりそれとはまた少しちがう気がする。
つかの間の関わり、それも、雨の日だけの関わり。
それはたぶん、ほんの少しの時間でのかかわりが、いつか大きな意味を持つようになる、そしてそれすらも持ち続けられないという、切なさと儚さ、そして哀しさ。

ちょうど雨の降る日に読めたこともあったのだろうけど、
雨の降る音のように、水滴のように、じんわりと身体に、こころに染み込んでいく物語。

あと、最後の最後。
それも物語でなく、解説の終わり部分。
さりげなーく「うおおおお!!そういえば!!」となることがさらっと書かれていて、
物語とあわせて二度びっくりしてしまった。(途中でさっさと気づく人もいるかもだけれども)

というわけで、解説先読みは厳禁。
できれば雨の降る夜なんかに読めればもう言うことなし。
極上というにはちょっと素直すぎるかもしれないけれど、けっこうとっておきの物語。
ここで知ったからには、こりゃもう読まなきゃ損!ってもの。

松尾由美 『雨恋』 新潮文庫
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朱川湊人 『かたみ歌』

かたみ歌 (新潮文庫)かたみ歌 (新潮文庫)
(2008/01/29)
朱川 湊人

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(世の中には―――寂しい思いをしているものが、たくさんいる) (『ひかり猫』より)

これまた久々の、朱川さん本。
毎度毎度ハズレがないから安心して読めるけど、今回もすんごく素晴らしかった!
夜中に思わず「すげえ!」と言わずにいれないような、怖く切なく優しくな、極上ストーリー。
時代は昭和。舞台は東京の下町、アカシア商店街。連作の、7編収録。

紫陽花のころ・・・
今から三十年近い昔―――。

無鉄砲な作家志願の青年の私と、黙って私を支えてくれる、年上の妻、比沙子。
ふたりで暮らし、咲き誇る紫陽花を眺めて幸福に過ごす。
私と比沙子が移り住んだその町は、そのままふたりの出発点になるはずだった。
けれど近所のラーメン屋で起こった強盗殺人事件。
現場となった店の前にたたずむ不審な男。それを私が見つけてから、
事態はゆっくりと動き始め・・・・・・。

幸せ生活の外から、薄い不気味さをまとった不穏な空気がちらつきだす。
商店街の古本屋店主に話をしてから私は男に接近することになるけど、
ほんとに問題なのはもう一歩話が進んだところ。
読中ぞくぞく、読後しんみり。のっけから巧い!ひきこまれる。

夏の落とし文・・・
あの夏を忘れない。

昭和三十九年の夏。ひ弱な弟の私と、心優しいガキ大将だった兄、秀則とで過ごした夏。
はじまりは、商店街の大きな酒屋近く。電柱に張られた一枚の紙。
書かれていたのは幼き私に宛てた、全部カタカナの、達筆な筆文字。

「カラスヤノアサイケイスケアキミレス」

幼い私は気づかなかったけれど、聡明な兄はおそらく、この文字の本当の意味に気づいていた。
その日から、私と、そして心優しき兄の、静かで、けれど壮絶な夏が始まっていた。

本編中、一番目にゾッとした話。
心優しい10歳の兄の、強くやさしそうな、ライオンのような目。
その中に隠れた、いくつもの気持ち。
あまりに切なく、物哀しい。最後の一行が、その想いをさらに強くする。

栞の恋・・・
それは昭和四十二年、九月のこと。舞台は変わらず、アカシア商店街。
酒屋の看板娘、邦子が恋した、アイドルグループのメンバー似の学生。
古本屋「幸子書房」で難しい本を読む彼。邦子は彼の読んでいた本に挟まっていた栞を見て、
これを使って彼と繋がることはできないかと思案。
そうして栞を使った、ささやかな文通が始まったのだけれど・・・・・・。

古風で風変わりだけど、ほんのり薄紅くて、すんごくいい話。
けど後味がものすごく切ない。いくら姿が見えないからといって、まさかこんな結末になろうとは。

おんなごころ・・・
まったく、こういう“おんなごころ”はわからない。

今日もアカシア商店街のスナックのママ、初恵の頭に血が昇る。
どうしようもなくダメな男がいつか改心すると、何の根拠もなく信じる豊子。
かつての仲間が“おんなごころ”と揶揄した、どうしようもないその心。

元従業員のよしみで幼い娘ともども、酒飲み暴力夫からかくまってやりはするけれど、
進歩のない豊子の態度に苛立ちは募るばかり。
けれどある日、そのダメ夫がつまらない死に方で死に、ひと目もはばからず、
葬儀の手続き、娘の世話はほったらかしで泣き叫ぶ豊子。
呆れるママだったけれど、これで事態は丸くおさまるだろう。
だれもがそう思っていたのだけれど、事態は意外な方向に進みだし・・・・・・。

今度は一転、こちらはすさまじく後味の悪い話。
報われないのは“おんなごころ”でなく、いつだってそこに寄り添う無力な存在。
ママが「幸子書房」の店主に言った、
「この町に住んでいるのが、何だか怖くなってきましたよ」というセリフ。
読後の直後は、もう完全に同意した。

ひかり猫・・・
その頃、私は貧しく孤独な若者でした。

昭和四十五年。
そのころ私は二十一歳で、部屋にこもってマンガばかり書いていた。
3年で芽が出なければ故郷に帰る。焦るこころは野良猫のチャタローが癒してくれ、
成功とは無縁でも、そのころはそこそこに平穏な暮らしをしていた。
けれどある夜、チャタローの代わりに窓から不思議な光る球がやってきて、
気味悪く思った私は、さっさとそれを追い出そうと、箒に手を伸ばしたのだけど・・・・・・。

(世の中には―――寂しい思いをしているものが、たくさんいる)
この一文が、静かに、けれど強烈に響く話。
追い求めた大きな夢に一度は敗れても、懸命に生きた小さなこころに気づくとき。
若さにまかせて懸命になることと同時に、もうひとつ、大事なことを思い出させてくれる。

朱鷺色の兆・・・
きっかけになったのは、一つの不幸な交通事故。
若き青年だったオレは、あの事故をひとつのきっかけに、やがて死の恐怖におびえ続けることになる。
見えない死ならぬ、見えてしまう死。
隣り合わせの恐怖におびえながら、それでも古本屋の店主の言葉に慰められ、
オレはだんだんと立ち直っていこうとしていたのだけれど・・・・・・。

隣り合わせてるにもかかわらず、日常だれもが忘れている死の恐怖。
そんなものに、日夜さらされ続けることになった男の話。
こんな恐ろしいものを直視し続けたら、思考なんてたやすく崩壊する。
それを掬った幸子書房の店主のひと言が、さりげなく絶妙。

枯葉の天使・・・
(また今日も・・・・・・やるのかしら)

アパート二階から見下ろせる、覚智寺の境内。
春風が吹き、桜の花びらが舞うその場所に、やがて人影がやってくる。

アパート住民の若夫婦。家事をこなす久美子は、いつも境内に現れるその老人が気になっていた。
その老人は、傍目からだけではわからない、何かをしている。
それも、おそらくは今までに一度も報われたことのない、何かを。

ある日老人と入れ替わりに、境内に現れたひとりの小さな女の子。
ひとりで遊んでいる様子のその女の子が気になって、久美子は寺へと向かうのだけれど・・・・・・。

本編最後にして、7つのかたみの歌の集大成。
7編のうち、必ずどこかに姿を見せていた古本屋店主の過去が、最後の最後に明らかになる。
そこに秘められた事実。そして、願い。
すべてが合わさって、ひとつの“かたみ”の歌になる。

いつまでも変わることのない幸せに、思わず思いを馳せずにはいられなくて、
読後しばらく起き上がれなかった。(←夜中、布団の中で寝ながら読んでた)
変わりゆく時代の中で、たしかに残ったかたみの歌。
もうどこかに遠くに流されたように見えて、じつは変わらずそこに在るもの。

思いもかけず、ふと大事な忘れものを渡されたような読後感。
怖さと切なさ、悲しみとよろこび。
いろんな感情を抱えて、懸命に生きただろう時代を見せてくれる一冊。

やっぱり朱川さんの描く物語はすごい。
こんなにすごいもんだから、ほぼ一気読み。前の記事と続けて、オススメ。
プロフィール

小津りゆ

Author:小津りゆ
3年ぶりぐらいですが、ログイン。夢だった資格をとってそれなりの仕事始まったはいいものの、現実にどっしん追突し、車体ボロボロ、エンジンぷすんぷすん状態です(なにそれ)。仕事の本ばっかりで、めっきり小説を読む時間が減。もしかしたら引っ越しして続編するかもです。

※since 2008.2.17

※オリジナル物語サイト、始めました。『ことあら』(リンク欄からどうぞ)

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