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朱川湊人 『かたみ歌』

かたみ歌 (新潮文庫)かたみ歌 (新潮文庫)
(2008/01/29)
朱川 湊人

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(世の中には―――寂しい思いをしているものが、たくさんいる) (『ひかり猫』より)

これまた久々の、朱川さん本。
毎度毎度ハズレがないから安心して読めるけど、今回もすんごく素晴らしかった!
夜中に思わず「すげえ!」と言わずにいれないような、怖く切なく優しくな、極上ストーリー。
時代は昭和。舞台は東京の下町、アカシア商店街。連作の、7編収録。

紫陽花のころ・・・
今から三十年近い昔―――。

無鉄砲な作家志願の青年の私と、黙って私を支えてくれる、年上の妻、比沙子。
ふたりで暮らし、咲き誇る紫陽花を眺めて幸福に過ごす。
私と比沙子が移り住んだその町は、そのままふたりの出発点になるはずだった。
けれど近所のラーメン屋で起こった強盗殺人事件。
現場となった店の前にたたずむ不審な男。それを私が見つけてから、
事態はゆっくりと動き始め・・・・・・。

幸せ生活の外から、薄い不気味さをまとった不穏な空気がちらつきだす。
商店街の古本屋店主に話をしてから私は男に接近することになるけど、
ほんとに問題なのはもう一歩話が進んだところ。
読中ぞくぞく、読後しんみり。のっけから巧い!ひきこまれる。

夏の落とし文・・・
あの夏を忘れない。

昭和三十九年の夏。ひ弱な弟の私と、心優しいガキ大将だった兄、秀則とで過ごした夏。
はじまりは、商店街の大きな酒屋近く。電柱に張られた一枚の紙。
書かれていたのは幼き私に宛てた、全部カタカナの、達筆な筆文字。

「カラスヤノアサイケイスケアキミレス」

幼い私は気づかなかったけれど、聡明な兄はおそらく、この文字の本当の意味に気づいていた。
その日から、私と、そして心優しき兄の、静かで、けれど壮絶な夏が始まっていた。

本編中、一番目にゾッとした話。
心優しい10歳の兄の、強くやさしそうな、ライオンのような目。
その中に隠れた、いくつもの気持ち。
あまりに切なく、物哀しい。最後の一行が、その想いをさらに強くする。

栞の恋・・・
それは昭和四十二年、九月のこと。舞台は変わらず、アカシア商店街。
酒屋の看板娘、邦子が恋した、アイドルグループのメンバー似の学生。
古本屋「幸子書房」で難しい本を読む彼。邦子は彼の読んでいた本に挟まっていた栞を見て、
これを使って彼と繋がることはできないかと思案。
そうして栞を使った、ささやかな文通が始まったのだけれど・・・・・・。

古風で風変わりだけど、ほんのり薄紅くて、すんごくいい話。
けど後味がものすごく切ない。いくら姿が見えないからといって、まさかこんな結末になろうとは。

おんなごころ・・・
まったく、こういう“おんなごころ”はわからない。

今日もアカシア商店街のスナックのママ、初恵の頭に血が昇る。
どうしようもなくダメな男がいつか改心すると、何の根拠もなく信じる豊子。
かつての仲間が“おんなごころ”と揶揄した、どうしようもないその心。

元従業員のよしみで幼い娘ともども、酒飲み暴力夫からかくまってやりはするけれど、
進歩のない豊子の態度に苛立ちは募るばかり。
けれどある日、そのダメ夫がつまらない死に方で死に、ひと目もはばからず、
葬儀の手続き、娘の世話はほったらかしで泣き叫ぶ豊子。
呆れるママだったけれど、これで事態は丸くおさまるだろう。
だれもがそう思っていたのだけれど、事態は意外な方向に進みだし・・・・・・。

今度は一転、こちらはすさまじく後味の悪い話。
報われないのは“おんなごころ”でなく、いつだってそこに寄り添う無力な存在。
ママが「幸子書房」の店主に言った、
「この町に住んでいるのが、何だか怖くなってきましたよ」というセリフ。
読後の直後は、もう完全に同意した。

ひかり猫・・・
その頃、私は貧しく孤独な若者でした。

昭和四十五年。
そのころ私は二十一歳で、部屋にこもってマンガばかり書いていた。
3年で芽が出なければ故郷に帰る。焦るこころは野良猫のチャタローが癒してくれ、
成功とは無縁でも、そのころはそこそこに平穏な暮らしをしていた。
けれどある夜、チャタローの代わりに窓から不思議な光る球がやってきて、
気味悪く思った私は、さっさとそれを追い出そうと、箒に手を伸ばしたのだけど・・・・・・。

(世の中には―――寂しい思いをしているものが、たくさんいる)
この一文が、静かに、けれど強烈に響く話。
追い求めた大きな夢に一度は敗れても、懸命に生きた小さなこころに気づくとき。
若さにまかせて懸命になることと同時に、もうひとつ、大事なことを思い出させてくれる。

朱鷺色の兆・・・
きっかけになったのは、一つの不幸な交通事故。
若き青年だったオレは、あの事故をひとつのきっかけに、やがて死の恐怖におびえ続けることになる。
見えない死ならぬ、見えてしまう死。
隣り合わせの恐怖におびえながら、それでも古本屋の店主の言葉に慰められ、
オレはだんだんと立ち直っていこうとしていたのだけれど・・・・・・。

隣り合わせてるにもかかわらず、日常だれもが忘れている死の恐怖。
そんなものに、日夜さらされ続けることになった男の話。
こんな恐ろしいものを直視し続けたら、思考なんてたやすく崩壊する。
それを掬った幸子書房の店主のひと言が、さりげなく絶妙。

枯葉の天使・・・
(また今日も・・・・・・やるのかしら)

アパート二階から見下ろせる、覚智寺の境内。
春風が吹き、桜の花びらが舞うその場所に、やがて人影がやってくる。

アパート住民の若夫婦。家事をこなす久美子は、いつも境内に現れるその老人が気になっていた。
その老人は、傍目からだけではわからない、何かをしている。
それも、おそらくは今までに一度も報われたことのない、何かを。

ある日老人と入れ替わりに、境内に現れたひとりの小さな女の子。
ひとりで遊んでいる様子のその女の子が気になって、久美子は寺へと向かうのだけれど・・・・・・。

本編最後にして、7つのかたみの歌の集大成。
7編のうち、必ずどこかに姿を見せていた古本屋店主の過去が、最後の最後に明らかになる。
そこに秘められた事実。そして、願い。
すべてが合わさって、ひとつの“かたみ”の歌になる。

いつまでも変わることのない幸せに、思わず思いを馳せずにはいられなくて、
読後しばらく起き上がれなかった。(←夜中、布団の中で寝ながら読んでた)
変わりゆく時代の中で、たしかに残ったかたみの歌。
もうどこかに遠くに流されたように見えて、じつは変わらずそこに在るもの。

思いもかけず、ふと大事な忘れものを渡されたような読後感。
怖さと切なさ、悲しみとよろこび。
いろんな感情を抱えて、懸命に生きただろう時代を見せてくれる一冊。

やっぱり朱川さんの描く物語はすごい。
こんなにすごいもんだから、ほぼ一気読み。前の記事と続けて、オススメ。
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プロフィール

小津りゆ

Author:小津りゆ
3年ぶりぐらいですが、ログイン。夢だった資格をとってそれなりの仕事始まったはいいものの、現実にどっしん追突し、車体ボロボロ、エンジンぷすんぷすん状態です(なにそれ)。仕事の本ばっかりで、めっきり小説を読む時間が減。もしかしたら引っ越しして続編するかもです。

※since 2008.2.17

※オリジナル物語サイト、始めました。『ことあら』(リンク欄からどうぞ)

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