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阿部夏丸 『泣けない魚たち』

泣けない魚たち (講談社文庫)泣けない魚たち (講談社文庫)
(2008/07/15)
阿部 夏丸

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「魚は、泣けるか泣かないか」
「そうだ。お前は、どう思う?」
「むずかしいよね。でも、魚だって泣きたいときはあるんじゃないかなあ」
 (『泣けない魚たち』より)

冬だというのに夏休み本。
というつまんねー自分突っ込みは置いといて、じつはこれ、
小学生のころに読んだのが最近文庫化されたもの。
懐かしくて買ってみたら、当たり前だけど昔と読後感がぜんぜんちがってて、
これってこんな話だったんだ!と驚いた。
川や魚にまつわる3編の少年たちの物語。

かいぼり・・・
「けんじ、明日、かいぼりをやろうぜ」
「よし、やろう」と僕はすぐさまこたえた。

太陽のぐらぐら揺れる、七月の日曜日。
かいぼりとは、小川を小石や土でせき止めて魚を閉じ込め、その中の水ごとバケツで魚をかい出してしまうという魚とりの方法。
ガキ大将のあきら、お調子者のまさあき、細身で気弱なゆうじに、常識的な僕。
いつだっていっしょに遊び、叱られてはまた遊ぶ。
そんなこの4人、遊びのためなら、ときには泥棒だってする。
そんななか、あきらの提案で、かいぼりに必要な土のうにするため、4人は町長の所有する南京袋を盗み出し、かいぼりをすることにしたけれど・・・・・・。

かいぼりどころか魚釣りも1度しかしたことがないので、魚取りにここまで情熱をかける4人の気持ちが最初いまいち掴めなかったのだけど、そんなものは4人の元気パワーで吹っ飛ばす!
コイにナマズ、タナゴにウナギ。
4人と、意外なひとりのかいぼり体験は、けれどなんともほろ苦い結末を迎えてしまう。
大人と子供。けれどやっぱり大人は大人で、どこかが似通っていても、けして子どもとはちがう。
こんな物語、きっとどこかの町であったんだろうな。。

泣けない魚たち・・・
僕にザリガニの味を教えたのは、岩田こうすけだった。

春休みの終わり。河川で出会った無愛想な転校生、こうすけ。
6年生だった僕と、1年留年して6年生だったこうすけは、アユ釣りをきっかけに知り合う。
放課後は秘密の場所、だれも近寄らない森の中の河童淵で魚を取ったり、見張り台を作ったり、
はたまたその辺の木の枝を活かして、夏休みの工作を作りあいっこしたり。
そんなふたりに、担任の先生ゴジラから、大きな知らせが。

「矢作川にサツキマスが、二十年ぶりに遡上している」

サツキマス。
それは幻の魚と呼ばれる大魚で、本来ならば岐阜県の長良川にしか生息していないはずの魚だった。

当初は必ず釣り上げると息巻いていたこうすけが、次第に元気をなくしていく。
その理由が気になりながらも、僕はこうすけとサツキマス捕獲に向けて、毎日捕獲活動を続けるのだけれど・・・・・・。

魚には涙腺がない。だから学識上、魚は泣かないことになっている、らしい。
魚が好きな僕と、祖父から受け継いだ、川を、魚を愛するこころを持つ少年、こうすけ。
そんなふたりが毎日毎日、全力で遊び、冒険し、闘い、魚を取る。
ふたりの目を通して伝わってくるかのような、まぶしいくらいの爽快感。水しぶき、魚の手触り、
そんな経験したことないくせに実際手にしたかのように錯覚して、こっちまでドキドキしてしまう。

全力の遊びと仲間と、でもずっとずっと遊んでばかりもいられないという、こちらもホロ苦ストーリー。
自分の手ではどうしようもない、たとえばもう取り戻せない時間なんかを目の当たりにしたとき。
もしかして、魚だって涙してるときだって、あるかもしれないなんて思った。
感傷だってのは百も承知。だけど本当に、そんな気分になってしまう。

金さんの魚・・・
「トマトあるよ。おいでよ」

そう言って、空き地で遊ぶ僕を呼んだ金さんは、今では六十二歳にして僕の友だちだ。
会う人会う人に、「こんにちは」「こんにちは」と調子っぱずれにあいさつする金さんは、
食堂「なまず屋」の主人でもある。
けれどある日、なまず屋になまずを提供していた釣り名人浦さんが腰を痛めて、金さんのなまず料理は当面中止ということに。。
そこで僕は浦さんの代わりに金さんに申し出て、なまずを釣って買い取ってもらうようにしたけれど、
ある日突然、釣り場に見たこともないような巨大な魚が現れた。
僕だけでなく、名人の浦さんまでもが驚愕するその魚は、かつて満州に生息していた巨大魚、草魚だという。
なぜ満州の魚が日本の川に? 僕と浦さん、そして金さんの、草魚との戦いが始まった。

小学生のころと比べ、読後感が一番変わったはなんといってもこの話。
僕の目を通して書かれているのは、満州という地名が出ることからしても想像できるように、魚との闘いに加え、物語に影を落とす、金さんたちの戦争の記憶。
終盤のあるシーンが、小学生だったころにはあまりに強烈すぎて、読んですんごくショックだったのを覚えている。物語のラストはとてもおだやかな終わり方なのに、いまでもそこだけをよく覚えている。

正直に言えば、今でもこの物語を完全に読みきれたとは思えない。
物語の僕と同様、私にとっても、かつてたしかに起こった戦争は、それでも遠い遠い過去の出来事としか思えないものだから。

読後感は、僕が始めてかじった金さんお手製の甘くて、みずみずしいトマトのようにさわやかでおだやか。
けれど読みながら、金さんというひとりのおじいさんのかつての人生を通して、そして金さんといっしょになって夏を過ごした僕の目線から、ほんの少しでも戦争の犠牲を考えることになる。

それにしても。

そういえば、いつのまにか川で遊ぶことや素手で魚を取ること、
なんてものがそれこそ遠い出来事のように思えてしまって仕方ない。(考えてみれば、昔の私も、たぶん親戚の子供たちだってそんな経験はしたことがない。父の田舎には、すぐそばに川の流れがあったのに)
なんだか身近なものがだんだん消えていくこと、読後はそんな現実を目の当たりにしたような気分で、
さわやかなで輝く夏の物語集なんだけど、なんだかちょっとしんみりしてしまった。

阿部夏丸 『泣けない魚たち』 講談社文庫
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小津りゆ

Author:小津りゆ
3年ぶりぐらいですが、ログイン。夢だった資格をとってそれなりの仕事始まったはいいものの、現実にどっしん追突し、車体ボロボロ、エンジンぷすんぷすん状態です(なにそれ)。仕事の本ばっかりで、めっきり小説を読む時間が減。もしかしたら引っ越しして続編するかもです。

※since 2008.2.17

※オリジナル物語サイト、始めました。『ことあら』(リンク欄からどうぞ)

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