投稿日:2008-05-17 Sat
![]() | ナラタージュ (角川文庫 し 36-1) (2008/02) 島本 理生 商品詳細を見る |
今でも呼吸するように思い出す。季節が変わるたび、一緒に歩いた風景や空気を、すれ違う男性に似た面影を探している。それは未練とは少し違う、むしろ穏やかに彼を遠ざけているための作業だ。記憶の中に留め、それを過去だと意識することで現実から切り離している。
転勤を期に両親がドイツへ発った2週間後。引っ越した部屋で泉がテレビを見ていると、携帯電話が鳴った。
「ひさしぶり。元気にしていましたか」
聞こえてきた声は間違いなく彼のもので、私はすぐに返事をすることができない。
「こちらこそおひさしぶりです、葉山先生」
もしかしたらそう口にした瞬間、あの日のことを知らず思い出していたのかもしれない。
高校の演劇部の顧問だった葉山先生と、学生の泉。
卒業式のあの日、たしかにふたりの関係は終わったはずだった。
演劇部の後輩の指導のために母校を訪れた泉は、葉山先生への思いを再確認する。
そしてそれは泉だけでなく、同時に葉山先生の思いでもあると気づくのだけれど・・・・・・。
「一生に一度の恋」
恋愛小説はときどきしか読まないけれど、ここまで入り込んでしまった物語は初めてだった。
けして多くを口にしない泉の、だからこそ今にもあふれそうるか破裂してしまいそうなぎりぎりの感情が淡々と綴られていて、最後の最後まで息を呑むようにして読んだ。
あのときたしかに終わったはずの関係がまた燃え始め、けれどもう二度と交わらないであろうことをどこかでふたりとも知っている。
葉山先生は葉山先生の今があるし、泉には泉の今がある。
だっていうのに、お互いの感情がいちいちそれを邪魔していく。
ときに絡まりかけ、ときに周りを傷つけながら。
「これしかなかったのか、僕が君にあげられるものは。ほかになにもないのか」
必死で模索するように私の目を覗き込んだ。そんなところを探してもなにも見つからないのに、もうずいぶん長いこと、私の目は彼しか映していない。
「あなたはひどい人です」
私は叫んだ。
「これなら二度と立てないくらい壊されたほうがマシです。お願いだから私を壊して、帰れないところまで連れて行って見捨てて、あなたにはそうする義務がある」
終盤から引用。
同情する気はさらさらないけれど、泉の叫びは間違いじゃない。
葉山先生の一人よがりの苦しみや優しさは、たしかに泉を壊すことも包むこともないままいつまでも生殺しにする。
けれど同時に、泉にもそれは言えると思う。
壊れる義務といえば語弊があるけれど、葉山先生への叫びは、そのまま泉にだって当てはめられる。
だからこそ、あの結末は泉はもちろん、ふたりにとっても一番良いものだったと思う。
じつは私はこの物語は苦手、というか嫌いで、それなら何で読み返してしまったんだろうなんて考えながらふと、同属嫌悪かもしんない、なんて思った。
それこそ勝手な思い入れかもしれない。というか傍目から観れば「あんたが勝手に浸ってるだけだ」って切り捨てられてもおかしくないし、私はそれに反抗する気もない。
けれど葉山先生も泉も、どっかで限りなく私に似てる気がする。
私がこの物語に抱く感覚はほとんど憎むことにも似た「嫌い」なのだけれど。
それでもたぶんこのまま手元に置いておくんだろうな。
これってもしや、「好き」ってことなんでしょうか。
そんなことすらよくわからないまま長々と書き散らしてしまったけれど、この本はだれかにぜったい読んでほしいと思います。
島本理生 『ナラタージュ』 角川文庫
△ PAGE UP


